trialog Partnered with Sony
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VOL.3 SOUND, SPACE & UNIVERSE(S)

音と視覚のさまよえる宇宙

OPNは「僕自身」になった

サンプリングとコラボを経て姿を現した
ありのままのダニエル・ロパティン

9月13日に開催されるtrialog vol.3には革新的音楽家「Oneohtrix Point Never(OPN」ことダニエル・ロパティンが登場する。多数のアーティストとコラボし「21世紀の電子バロック音楽」とも呼べる最新アルバム『Age Of』をつくり出した彼は、一体何を考えてこの作品を完成させたのか。

今回trialogでは4月にブルックリンで収録されたダニエルのオフィシャルインタビューを特別に掲載する。『Age Of』について語るダニエルの言葉から、彼の思索の痕跡を感じとってほしい。

SF作家・樋口恭介らを交えて行われた3つのセッションはOPNの音楽やパフォーマンスの核心に迫るとともに、OPN自身がいまもなお豊かに変化し続ける存在であることを教えてくれるものとなった。

INTERVIEWED BY KOHEI YAGI
TRANSLATION BY MOMOKO IKEDA
INTERVIEWED COURTESY OF BEATINK

オペラ的かつ現代的

──アルバムのアートワークやNY公演のポスターでも見られる「ECCO」HARVEST」EXCESS」BONDAGE」は何を象徴しているのでしょうか?

ECCO。これは新しいコンサートのために考案したもので、特定の時代を定義する言葉なんだ。ECCO」の時代には、壁や境界、重力も言語もない。だから言葉を発しても、エコー(ECCO)にしかならない。意味を持たない音となって永遠に続いていくんだ。みんな、筋肉や骨も必要なく、流れに身を任せる魚のようなもので、言葉はすべて音にしかならないから意味を持たない。つまり言語が生まれる前の時代ということだね。

この「ECCO」が出発点に適した時代設定だと思ったんだ。人間が自分たちですべてをダメにしてしまう前の時代さ。それが『MYRIAD』のストーリーで、人工知能が夢想する僕ら人間の最初の時代なんだ。言語が生まれる前の時代、僕らは言語を求めてエコーという形で音を発するんだけど、それは何にも反響することなく、ただ一方向に流れていくだけ。

二つ目の時代が「HARVEST。この時代では僕らは会話をし、道具も使うようになる。土を掘ったり仕事をしたりするようになる。土を掘り起こして、地球から何かを得るようになり、僕ら人間は成長する。と同時に僕らも地球に与え返す。でもしばらくして、僕らは与え返す以上のものを得始めるようになる。それが次の「EXCESS」の時代になる。EXCESS」の時代で僕らは多くを得過ぎて大きくなる。大きくなり過ぎて動けなくなる。それが「BONDAGE」の時代さ。ついに行き詰まってしまうんだ。

僕ら自身を描いたおとぎ話のようなものなんだ。訴えかけられる内容だけれど、同時にファンタジーでもある。ややこしくて子供っぽいと思うけど、重要なのはアイディアであってストーリーはそれほど重要じゃない。これがスーパーインテリジェンス(超絶知能)が考える僕らのストーリーというわけなんだ。僕らの行動やルーティンの平均値から生成されたストーリー。そして「BONDAGE」の後はまた「ECCO」に戻って同じことを繰り返すんだ。永遠にね。これが僕のちょっとしたSF物語ってわけ。

5月に発売されたOPNの最新アルバム『Age Of』ジャケット。
IMAGE COURTESY OF BEATINK

5月に発売されたOPNの最新アルバム『Age Of』ジャケット。
IMAGE COURTESY OF BEATINK

──オペラのようですね。

これは確かにオペラのようなところがあるね。でもコンサートでもあって、より現代的でもある。オペラは古い芸術形式で、ヨーロッパの裕福な支配者たちに向けたもので、それには興味がないんだ。

──オペラを監督しようと思ったことはないんですか?

エクソシスト』の監督のウィリアム・フリードキンは今オペラを監督してる。ジョシュ(・サフディ)と僕はよくオペラについて話し合ってるよ。映画監督にとっては、オペラを指揮することはとても合理的なんだと思う。彼らは映画のフォーム(形式)と対峙していて、言葉少なにどうやってヴィジュアルでストーリーを伝えるかを考えているからね。それはつまりオペラでもある。ストーリーよりも音楽や演出の重要性の方が大きい。優れた映画監督ほど、物語の形式よりもシネマティックな形式に夢中になっているし、それはオペラにも合っていると思う。

ミュージシャンも同じで、抽象的なアイディアから感情を想起させるものだから、オペラもうまくできるはずだ。でもオペラはとてもコード化されたものだと思う。そこで使われる)言葉でさえ今の時代には意味をなさなくなっていると思う。旧体制のものだと思うんだ。僕のリスナーは多くは『Age Of』をストリーミング配信で聞くだろうし、MYRIAD』さえ観ないかもしれない。もちろん彼らはYouTubeでオペラの映像を見たりはしない。だからストリートにいる僕のファンに「最後に観たオペラは?」って聞いても、だいたいが「なんのこと?」って感じだろう。だから僕にとってオペラかどうかは問題じゃない。でも、コンサートのプレゼンテーションとしてのアイディアは、ただ曲を繋いでるだけ以上のものだ。オペラとは別で、もっと野心的なものだよ。オペラのようだけど楽しいものだと思ってもらえたらいいな。

ニューヨークとロンドンで行われたコンサート「MYRIAD」はどちらも大盛況。会場ではこのコンサートのためにつくられたパンフレットも配布された。PHOTOGRAPH COURTESY OF BEATINK

ありのままのOPN

──最近のあなたの作品は、毎回コンセプトがあるようにも見えます。前作『Garden of Delete』は、ポップ・ミュージックのグロテスクな側面」や「メタルを通じたノスタルジア」だったとすると、本作のテーマはなんでしょうか。

今回は前作に比べるとコンセプトはそれほど限定的ではない。でも、僕はこのアルバムを「ブルーカラー・シュルレアリズム(労働階級のシュルレアリズム」と呼ぼうと思ってる。僕がここ数年、他のアーティストたちのために働いて経験したことに対する直感的で忠実な反応が詰まっているんだ。『Garden of Delete』の後に注目されるようになって、“グロテスク・ポップ”を作った後に、実際にポップ・ミュージックを作るようにもなった。音楽的な労働、つまり、音楽を収獲するということ、つまりは、誰かの音楽的なゴールのために働くということについて考えるようになった。また僕自身についてや、僕の作曲家として、またプロデューサーとしてのアイデンティティについてもね。

とても自由でポジティブに感じる時もあるけど、自分自身を表現できないと感じることもある。これは普通なことだと思うけど、自分のレコードを作ってる時には感じたことがなかったことなんだ。誰かのために作ったけど気に入ってもらえなかったり、理解されなかったりした音たちを中心にクレイジーな音楽のブーケを作ってみよう、というイメージが頭の中にあった。自分が欲しい音と、他人が欲しいと思うような音との両方を混ぜ合わせたシュールレアリスム的な音の組み合わせは、まるで誰かに切り裂かれたクレイジーな彫刻のようなものになったと思ってる。

このアルバムを作ってる間すごく忙しくて、ゆっくり座って考える時間もなかった。そういう点では、音のかけらに反応して転げ回っていただけとも言える。だから出来上がりを自分で見ると、コンセプトなどない絵のように思えるんだ。僕にとっては、色々な音楽的歴史を通じて広がる、ある特定の種類のアメリカを描いた絵のように感じる。フォーキーだったり、カントリー・ミュージックに聞こえる時もあれば、最も古い音楽的機械であるチェンバロを使った初期のルネッサンス的なバロック音楽に聞こえる時もある。

エレクトリックミュージック、古典的なクラシック音楽、モダンなクラシック音楽、カントリー、フォーク、アッシャーのために作ったビートに合わせて僕が歌っていて、R&Bの要素もあったりして、それらをつなげると、音楽の歴史をジューサーに入れて作ったクレイジーなOPNのスムージーみたいなものになって、時代を横断した音になっていて、そこに魅力を感じてる。コンセプトやパンチラインが必要といったことから開放されて気分がいいんだ。音楽は必ずしも説明されるものでなくてもいいっていう──僕は説明することが好きなんだけど──でも、ついに説明が必要のない状況になった気がするんだ。音自体が自らを説明するからね。

──ありのままのOPNになったということですね。

そうだね、僕自身なんだ。他のアーティストたちと働くことを経験して、最終的に自分になる。とてもクリアにね。今まではこの視点を持ったことがなかった。例えば、プロデューサー、そして作曲家として、他人が自分に対して期待する部分が、自分の得意分野そのものだというようなことをね。

映画監督のサフディ兄弟と仕事をした時のことで言えば、彼らはある特定の種類のOPNが頭の中にあった。でもそれは今現在のOPN、つまり僕とは違う。こういうことは、今の自分が“何でないか”を説明してくれる。あの時の自分が、完全に過去になったってことを気づかせてくれるんだ。クレイジーなシンセ音を作っていた頃の自分を振り返るのが嫌だと言ってるんじゃないけれど、いかにそれが過去になったかということを再認識させてくれる。今まで作ってきたものとは違ったものを音楽で表現できるようになりたいんだ。

カテゴライズできないサウンド

──アメリカと言ったのが興味深かったですが、個人的にはどこにも存在しない、属さない特定できない音のように感じました。

アメリカじゃないかもしれないね(笑。言ってる意味はわかるよ。いつも「Babylon」のことを考えるんだけど、この曲は、アメリカのカントリーソングのひとつのスタイルの曲だけれど、実際のところアメリカ的なものなんてもうなくなってきてるよね。逆に言えば、残念ながら今って、なんだってアメリカンになってしまってる。個人的にはうんざりすることだけど。アメリカン・ミュージックに紐づいたサウンドに興味があるんだよ。あとアジアの音楽にもね。そこにはメリスマティックなサウンドがあって、音がカーブする。これはカントリーミュージックやイースタンミュージックに見られるんだけど、それが大好きなんだ。ペダル・スティール・ギターに夢中で、Babylon」でもその音が聞けるんだけど、すごく美しいんだ。

弦楽器って、弦そのものも自然と曲がるし、それはピアノではできないことで、そういう音をよく使ってる。こういう音は地球から生まれる天然な音で、機械からは生まれない。でも皮肉なのは、僕はそういう天然の音を作るのに機械を使っているってことだね。でも、そこにはやっぱり自然な感じが存在してると思う。もしかしたらこのアルバムのキーワードはアメリカ的ではなくて、地球的な自然さかもしれないね。弦の曲がったカーブ、人の声や動物の吠える声とか、または風。そういう音はピアノやチェンバロが作れる音ではない。まっすぐで四角くて機械的な音と、カーブした音、またはラフで荒々しい音に対してスムースな音、というコントラストにとても興味があるね。

多くのポップ・ミュージックはサウンドがスムーズだ。でもおかしなことに、車で大音量でかけたり、ラジオで聞いて人々がエキサイトできるように、作り手は音を荒々しく変形させる。こういったことが僕の頭にはあって、僕らが聞く音のリアルなキャラクターに惹きつけられるんだ。音楽的だろうとそうでなかろうと、僕にとってはすべてが音楽なんだ。音楽を通して、音がお互いに反応しあって何が起こり得るか。それこそがクールでオリジナルなことだと思う。

ある種のライフスタイルを示す音楽を作る人、例えば「僕はトラップを作ります」とか、僕はフォークミュージシャンです」というような人が楽曲を作る時、確実に彼らは音楽をやってると思うけれど、それは僕が好きな音楽ではない。僕はひとつのスタイルを選択することができない。そういうやり方は僕にとって意味をなさないんだ。僕にとって音楽とはサウンドなんだよ。あらゆる種類のサウンド。そのサウンドがお互いに触れ合い交わり影響し合うことなんだ。特定のスタイルを指すものではなくてね。スタイルのあるものは好きだけど、スタイルを持つことは僕の仕事ではない。僕の仕事はアルケミストになることなんだ。

──境界線を押し広げた、カテゴライズできないサウンドですよね。カテゴライズするのがとても難しいです。

難しくしているからね。

──聴いたことがない音楽だと思います。

ありがとう。僕もそう思ったし、自分が好きな曲を作って、とても気に入ってるんだ。そしてそれをグループでパフォーマンスする。でも、僕にとっては、前にも聞いたことがある曲に聞こえる。あえて言うならエールやボーズ・オブ・カナダのようなバンド──僕がエールの全キャリアをやってる、というような感じ。僕なりのやり方でね。作品として出すかどうかには正直迷いがあったよ。スタイルがはっきりとし過ぎているからね。

でもかといってこういう曲が悪いと思っているわけでも、そういうことをする人たちが間違ってると言ってるわけでもないんだ。ただ僕は音楽が突然変異を起こすまでエキサイトしない。そうなった時に初めて完成したって思う。自分に正直になれたと思える瞬間だ。人生は幾何学的であると思わないし、医者だとか、弁護士だとかそういったことが人のすべてではないだろ? 音楽だって同じさ。ドラムンベースを作ってるって言っても、それがその人の人となりを示しはしない。アーティストとして、自分が何者なのかを音楽で示さないといけない。

「MYRIAD」のビジュアル演出を手がけているのは、今回のtrialogにも参加するアーティストのネイト・ボイス。映像演出だけでなく、天井から彫刻が吊るされるなど趣向が凝らされている。PHOTOGRAPH COURTESY OF BEATINK

無意味なものこそ本当のアクティビティ

──前作ではサンプリングを使わないようにしていたという発言を読んだことがありますが、本作は「Age Of」myriad.industries」Manifold」などは、サンプリングが中心的に用いられており、そのどれもが劇的な効果をあげています。今回サンプリングを大々的に使おうと思ったのは何かきっかけがありましたか。

特に理由はないよ。ただYouTubeで見たものたちにエキサイトしただけだよ。僕はYouTube中毒なんだ。決して閉館しない美術館のようなものだよ。しかも普段鍵がしてあるような部屋を含めたどの部屋も開いている。で、そこに住むことができるって感じ。人の仕事を見ることは僕の常日頃からの訓練のひとつで、既に存在するソリッドなアイディアから始めるのが好きなんだ。それは壊さないといけない入れ物のようなもので、中に何が入ってるか見てみよう、というところから始まり、そこから新しいものを作る。子供がテーブルから何かを落としてふざけるような感じに近いね。僕にとってのサンプリングってそういう感じ。とても楽しくて満足感のある作業なんだ。

──どんな音をサンプリングしたんですか?

ひとつは、ピアノの先生がコードヴォイシングのような興味深いことを説明しているところで、それがジャズピアニストのケニー・バロンのように聞こえて。ケニー・バロンみたいに演奏できたらなって思って、その演奏方法を学ぼうとする熱中しているうちに、いつのまにか彼以上にうまく演奏できるようになったりってこともあった(笑。自分が好きな古いレコードからもサンプリングしたな。でもインスパイアされるのは音のテクスチャーだけで、特定のアーティストや彼らのキャリア、曲の意味からインスパイアされるってことはない。興味深い音を聞いた時って、例えば新しい友達ができて「ねえ、次いつ遊べる? 何か一緒にやろうよ!」って感じなんだ。音をワンフレーズ聞いて、君と遊びたい!って感じで交わって、音のレイヤーを作ったり足したり、まあ友達関係みたいなもんなんだ。

──「Stil Life」のPVもYouTubeからのサンプリングを使ってましたね。

そうなんだ。映像を作ったジョン・ラフマンとは親しいんだけど、僕と似てるんだ。僕らに共通しているのは、リアルな人たちが、別の目的で作ったものの中から面白いものを発見してエキサイトするところだ。ネットで見つけたネタを交換しあって笑ってる。たった25回しかされていない、誰かが自宅でフルートを演奏している動画とか、そういうものこそリアルな人間性の歴史を表していると思う。そういうこととこそ、人間が消滅した後もコンピューターが覚えてること。エゴマニアックな人によって書かれた歴史や本、戦争とか、意図を持った人が話すことなどはリアルな歴史じゃないんだ。スーパーでの笑い声や映画館で鑑賞中に囁き合う声とか、そういったものが音の歴史だとしたら僕はとても嬉しいね。

箱に入ったものを指して、これが起こったことだよ、とか、Spotifyのプレイリストを指してこれが重要なんだってのは悲しいしがっかりだ。自分の仕事にはそういうものを反映させたくない。人が避けるものとかジャンクだと思うものが僕にとってはとても生き生きとした気分にさせてくれるものなんだ。だからそういうものをよくサンプリングするんだと思う。そういうのが好きなのって、みんながインスタとかに適当な意味のないものをポストするのと同じだと思うよ。僕らの魂の中では、意味のないものこそが本当のアクティビティだって思ってるんだと思う。本当の人々によるアクティビティってこういうことなんだと思う。

無意味なものこそ本当のアクティビティ

──本作のキーとなる音色に、チェンバロがありますよね。これが本作で効果的に使われていることによって、全体が非常に刺激的なサウンドになっています。今回チェンバロを要にした理由を教えてください。また、本作のチェンバロはサンプリングでしょうか?

本当のチェンバロの音なんだけど、そのサンプリングなんだ。Soniccoutureからの音を使ってる。いいコンピューターインストルメントを作ってる会社で気に入ってるんだ。チェンバロは面白い楽器だ。音楽的なマシーンってのがいい。僕にとってチェンバロは、色々な開発が進んでいた時代に、物事を発展させて世の中を変えようとしていた中で生まれたもので、工業的な強みを持った、バイオリンのような弦楽器の複雑なバージョンだ。開発された当時は、例えばシンセサイザーの音を最初に聴いた時のような衝撃があっただろうね。12歳の子が初めてスクリレックスを聴いた感じというのかな。

そういうフィーリングを一時でも与えたことのある楽器っていうのが僕にとってとても興味深いんだ。時間経つにつれて楽器の意味は変わるけど、それを僕が聞いていいなと思うように今一度新鮮に聴こえるものにしたいと思った。引っ張ったり引き裂いたり、クレイジーなことをチェンバロの音で試してサウンドを作った。伝統的にも未来的にもなるチェンバロの持つポテンシャルが好きなんだ。ポテンシャルを引き出して新しい意味を与えられると思ったから使い続けた。音自体もとてもシャープで即効性があって好きだね。そこにフィーリングがない。チェンバロはひとつのヴェロシティでしか鳴らないからね。キツツキみたいに、ガガガガガガって単調な音を出しつつける感じで、ファニーだと思った。バカなロボットみたいで奇妙だと思った。その感じが凄く気に入ったんだ。

──あなたにとってはシンセサイザーの古いバージョンという感じだったのかもしれないですね。幼少期に初めてシンセサイザーに触れた時にとても興奮したという話を読みました。オールドスクールなチェンバロという楽器を使ってまたあの時の興奮を再体験しようとしてる感じですね。

そうだね、ただエキサイトしたくて、そういう気分にしてくれるものはぜひ使いたいし、それが古いものであるっていう事実もいいよね。

──チェンバロから連想したのですが、あなたは本作を作る際にバロック音楽的なサウンドに惹かれていましたか? ぼくはこの新作を聴いて、ノイズとチェンバロが交錯する「ポストモダン・バロック」とでもいうべき破格のサウンドに思えました。

クールな表現だね。バンドメンバーたちは皆、クラシックの勉強をしてきた人たちだから彼らの方が僕よりもこの質問に答えられると思うけど、僕はハーモニーを作るセンスがあって、それを正しいかたちに落とし込める。僕は音を聞いた瞬間に、その音がどう鳴るべきかわかるんだ。チェンバロの音を聞けば自然と指が動く。

でもバロック的な音を作ろうという意識はなかった。ある種のバロック音楽に聞こえるかもしれないけど、僕はなにか意図を持ってピアノで曲を作れるという器用さは持ち合わせてないんだ。すべて何かの夢のようなもので、全てはMIDI上で巧みな作業と調整によって作られてて、僕はただ自分の耳を信じて心地良いと思う音を作ってるだけなんだ。ルネッサンスの音楽のような感覚を感じとりたいとは思っていたけどね。

僕が認識しているバロック音楽というのは対位旋律で、音の間の小さな変化や小さな近接がお互いにあること、リッチな調和のとれた関係性があることで、それを僕は真似して作ることはできるけど、それを計画して作ったりはしていないんだ。でも夏にキューブリック映画を多く観る機会があって、バリー・リンドン』が上映されていたから、中世のウィッグを見ながら「この音楽好きだな」って思ってたのかもね。

多彩なアーティストとの共同作業

今はPV製作とコンサートの準備と両方に取り組んでいる。4月末にはグループでのリハーサルがあって、OPNとして初めてのアンサンブルが行われる。ドラマーや2人のキーボード奏者も参加する。OPNが4人いるような、かなりクールなものになっている。参加するミュージシャンは全員素晴らしいんだ。アーロン・デヴィッド・ロスはゲートキーパーのメンバーで、ソロでもたくさんレコーディングしている。ケリー・モランはピアノ奏者で、Bloodroot』という素晴らしいアルバムを出している。それからイーライ・ケスラーはアルバムにも参加しているドラマーだね。アルバムには他にケルシー・ルーも参加しているし、キーボードとミックスを担当しているジェイムス・ブレイクは僕のお気に入りのミュージシャンの一人だ。彼とは気が合うんだ。付き合いは長くはないよ。お互いに存在は知っていたけどほとんど話したこともなかった。お互いのコンサートに行き来はしていたけれどね。

アルバムがほとんど完成しつつある頃に、僕は十分このアルバムに携わったから誰かにミックスを頼みたいなと考えていたんだ。技術を持っていて優れた人はいないかと考えていたんだけど、エンジニアにお願いすると、僕にとってはつまらない作業になりそうだなと思ったんだ。作業中も僕は音楽の話をしたいからね。ミックス自体がテクニカルなものでなくなったとしても、実際に音楽を演奏する人かそういう感性のある人にやってもらいたいって思った。だからジェイムスに聞いてみたんだ。ジェイムスがどこよりもスタジオにいることを好む人だということは知ってた。彼は素晴らしいプロデューサーであり作曲家だからね。

あと彼は、自分が作ったジェイ・Zの曲をSpotifyで聞いた時、これは正しいミックスじゃないと言ってSpotifyから曲を落とさせて、彼が思った通りの、より良いものと入れ替えさせたって話があるんだ。とてもクールだよね。それに強い。インスパイアされたよ。それで彼にアプローチしてみたんだ。そしたら「いつスタートする?」ってすぐ返事が来て、とてもいいエネルギーを感じた。LAで数日間日夜問わず取り組んでとても良い結果になった。とても満足しているよ。アノーニもこのアルバムに参加していて、主にバッキング・ヴォーカルをお願いしたんだけど、Same」ではリード・ヴォーカルを務めてる。そしてイーライはドラムを担当してる。

──本作にはキーボードやミキシング・エンジニアとして、ジェイムス・ブレイクが大々的に関わっていますが、それについてもう少し詳しく聞かせてください。

ジェイムスとうまく仕事ができたのは、ミキシングに必要なのは技術的なことじゃなくて、良いアレンジだという点で同意していたことにあると思う。正しいサウンドが並び合っていればミックスも簡単だ。でも間違った音が並んでクレイジーな場合は、技術に頼らざるを得なくなってくる。スタジオでの判断基準はすべてどうアレンジするべきか、だった。音楽的な視点でのミックス作業で、それこそ僕が必要としているものだった。とても彼が助けてくれたことに満足してるよ。

ジェイムスはノッてくるとキーボードも演奏してた。いつも彼がどの曲を気に入ってるかお見通しだった。一番好きな曲の順に作業をするからどれが一番気に入ってるかがわかる。とてもシンプルだ。そういえば最後の曲名が決まってない時、ジェイムスは「The End」にしたらどう? なんて言ってたな。シンプルだからこそ本当に天才なんだね。僕は違って複雑にしてしまう。自分で決めた最後の曲のタイトルにはとても満足してるけどね。彼はとても自然でアイディアを複雑にし過ぎたりしないんだ。

──一緒に仕事をして、彼が音楽家としてどういったところが優れていると感じましたか。なにかエピソードがあれば教えてください。

どこから話せばいいかわからないよ。彼は最高のキーボードプレーヤーだ。テクニカルではなくて、エモーショナルなキーボードプレーヤーで、ゴスペルのキーボードプレイヤーとクラシック音楽のピアニストの間だと思う。彼が弾き始めると、時間と空間がなくなって、とてもプライベートな場所へと向かう。彼の表現は思考から開放されていて、音はそのまま彼の中で起こっていることが表現されている。デレク・ベイリーのような即興演奏者やフリージャズピアニストのようだ。才能がありすぎて音の配置を気にする必要がないんだよ。とっても稀有な存在で素晴らしいことだ。音楽とは何かということに気づかせてくれる。つまり音楽とはアイディアではなく、人から出てくる直感のようなものなんだ。人生を生きる中でこういう瞬間はよくある。楽器を使っている時もとても存在感があって、インスパイアされるね。

──「Manifold」Last Known Image Of A Song」で素晴らしいプレイをしているケルシー・ルーが本作に参加した経緯について教えてください。

ブルックリンでやっていた彼女のコンサートに行ったんだ。彼女の演奏を聞いて、とても素晴らしいと思った。シンプルな曲を無限大で壮大なものにできる。チェロひとつと声だけで宇宙を作れる。とてもシンプルな音楽的発想で、鳥肌を立たせることができる。それこそ僕が欲しかったものだ。あと、ちょっとナルシスティックな言い方になるけど、彼女の演奏は昔の僕を思い出させた。シンプルなフレーズをループさせることで、自分自身をより表現豊かにさせる。彼女はそれを独創的なやり方でやっていて、ノスタルジックであると同時に興奮したね。

音楽について話をしようとなって、スタジオに集まることになったんだけど、持ってこようとしていたチェロが空港で引っかかっちゃったんだ。代わりにキーボードを演奏してくれたんだけど、楽器の種類はまったく問題じゃなかった。彼女のサウンドは彼女のスタイルがあってとてもクールだからね。どんな楽器も目の前にすれば自分自身の音を探し出すことができる人なんだ。

──「RayCats」の冒頭のユニークな楽器はなんでしょう。

フェイクギターのようなものだと思う。コンピューターギターだよ。リアルな音じゃないことだけは確かだね(笑)

──イーライ・ケスラーのドラムが特徴的ですが、これはあなたからのディレクションはありますか?

ああ、ディレクションしたよ。僕は偉そうだからね(笑。彼はとてもミュージシャンとして強いアイデンティティのある人だ。だから自然とこちらのディレクションも彼自身のものにしていた。リベンジしなきゃと思ってるんだ。レコードしたものを切り刻んで自分が思うように並べ直すとかね(笑)

ニューヨークのパークアベニュー・アーモリーで行われたコンサート「MYRIAD」の様子。豪華なビジュアル演出に目を引かれるが、本公演には『Age Of』にも参加しているケルシー・ルーも登場している。PHOTOGRAPH COURTESY OF BEATINK

リアルで現代的なコラボレーション

──あなたのキャリアの中で、ここまで客演が多いのは初めてではないですか?

そうだね、OPNとしてのアルバムとしては今まで一人もゲストを招いてこなかった。これが最初だ。でもとても自然に感じるんだ。数年間、他のアーティストと仕事をしてきたからね。FKAツイッグス、デヴィッド・バーンとか。そういうアーティストに囲まれて音楽について語り合ったり、演奏したりして、人が僕からなにを欲しがっているのか探ったりしていて、OPNってなんだ? 自分自身として、またグループ音楽として」って考えてきた。人工的なコラボレーションにみえて、とてもリアル。実験室で生まれた音楽みたいで、とてもエキサイティングなんだ。これこそ今現在の音楽の作られ方だと思う。トロントのプロデューサー、ワンダガールに会ったんだけど、その時初めてスタジオ来たって言うから普段スタジオに行かないの?と聞いたから「行かない、音楽はメールすればいいから」っていうんだ。トラックをプロデューサーやアーティストに送るだけで、彼らに実際に会いもしないっていうんだ。それを聞いていいなって思った。違った方法もあるってことだね。

──「Black Snow」のリリックはCybernetic Culture Research Unit(CCRU)にインスパイアされたとのことですが、どのような存在なのでしょうか。また、どういったところに刺激を受けましたか。

僕が好きなものの多くは、構築された詩のようなものたちなんだ。マシーンが作ったようなもので色々なものの組み合わせ。ウィリアム・バロウズも昔好きだった。CCRUはバロウズ的なエネルギーの捉え方をしていると思う。言葉の並びも音楽的なんだ。テーマもとてもクールだしね。テクノクラシー的カルチャーの幻想のようなところがある。マシーンが自ら説明するというような。そんなスタイルが好きなんだ。

──前作にもそういう部分がありましたが、あなたの音楽のヴォーカル/ヴォイスは、人間の声をベースとしながら、エフェクトをかけることで、非人間的な要素を持ったマージナルなヴォーカルになっています。なぜそのようなヴォーカルを選択したのでしょうか?

Garden of Delete』はボーカロイドのようなサウンドだけどボーカロイドではなかったんだ。今回は僕の声で自分で歌ってる。僕とアノーニの声を使った。でもオートチューンやエフェクトをかけてる。声が別のものになるってのがいいんだ。モンスターとか生物が好きだからね。SFとかへの愛情の現れでもあるね。声がリッチで興味深くなる。音の鳴り方自体が物事を説明できてしまうほどパワフルになる。その一方で何も伝わらなかったとしてもオブジェになるというようなパワーもある。声の持つ色々な側面が好きなんだ。

──他にも色々ヴォーカルの実験を本作では行っていますよね。今作でヴォーカルに注力しようと思った理由ってあります? 「Same」なんて聖歌的にも聴こえて、面白いですね。

Same」の声はアノーニで、高音めに歌っていて、彼女の声を二重にしてるんだ。ピッチも上げている。なぜかわからないな。ただ歌が好きなんだ。歌が声を必要とする。演劇で言ったらキャラクターのようなものだからね。何を言っているかわかりづらくても、何かしらの意味を発しているというだけで奇跡的だと思うんだ。犬が吠えてるだけでも音楽的だけど、僕らはそれ以上に言葉まで得てる。それがとてもエキサイティングなんだ。言葉なしで存在する“ピュアな音楽”が必ずしも好きというわけじゃない。実際のところあらゆる音楽は不純なものだと思うし、壊れたものだと思ってるから(笑)自分が楽しめる音のコンビネーションを探してるだけなんだ。

──「Babylon」Warning」Same」にヴォーカルで参加しているプルリエントは本作では重要な位置にいると思います。彼が参加する経緯について教えてください。

彼はとても古い友人なんだ。エキサイティングで混乱させる声の良い例だ。彼は叫ぶからね。とてもよく叫ぶんだ。誰よりもうまく叫んで素晴らしいんだ。Masonna(山崎マゾ)は彼よりも上手いかもしれないけど、匹敵するのはそれくらいだ。Masonnaの曲は45秒くらいしかないんだ。とにかく彼はMasonnaのアメリカバージョンだよ。叫びのジミー・ヘンドリックスとでも言うかな。だからもちろん一緒にレコードを作るのは楽しかったね。もちろん彼はただ叫ぶだけじゃなくて詩を理解していた。詩人だからね。曲を愛して、僕がどういう心情で書いたかその全てを知りたがった。Warning」はアルバム製作中に僕が住んでいた家についての曲なんだ。グラスハウスは最悪だ、気をつけろ、気をつけろ!って叫んでる。シタールの音を使ってるんだけど、その音はモダンカルチャーの中ではヒッピーたちへのジョークのようなものになってる。グラスハウスも同じくリッチな人たちへのジョークになってて、シタールを入れてグラスハウスが最悪だって言ってるんだ。

──グラスハウスは外の人からは中が丸見えだけど、中にいる人からは外が見えない、という話しを先程されていましたけど、とても興味深いですね。

グラスハウスそのものが僕が気づかなかったことに対する警告を象徴してるんだ。去年の夏にそこで過ごして、アルバムのほとんどをそこで完成させた。エイリアンの船みたいな形だったからそこに住もうと思ったんだけどね。

ニューヨークとロンドンで披露された「MYRIAD」には、「Black Snow」のMVにも登場するダンサーも参加。trialog前日となる9月12日に開催される日本公演の演出にも期待が高まっている。PHOTOGRAPH COURTESY OF BEATINK

バフチン、アノーニ、地球環境

1と0というコンピューターのバイナリによるトリックよ永遠に、という意味が込められている。トリックとはイリュージョンのようなものであり、コンピューターを通じた音楽制作によって非常に大きなイリュージョンを体験できるのだとダニエルは語る。そのイリュージョンにこそ自分は魅了されているのだ、と。近年は映画音楽の制作などますます活動の幅を広げているダニエルだが、常にその根元にはコンピューターと音楽が起こすイリュージョンに対する期待があった。

──クレジットにあるショーン・トルヒーリョについて説明をいただけますか? Discogsでは『Transmat Memories』においてアートワークを担当しているようですが。

良いリサーチをしてるね(笑。彼は僕の親友で、僕と一緒に詩を書いてるんだ。Black Snow」のために使ったCCRUの詩のアイディアだったり「Still Stuff That Doesn’t Happen」という曲では彼が書いた詩が元になっている。彼は僕にとって今まで会った中で最高の詩人だよ。彼をどう表現したらいいかわかならいな。彼はミステリアスなんだ。

──インナー・スリーヴにフランソワ・デプレの『Les Songes Drolatiques de Pantagruel』1565年)を用いたのはなぜですか。

16世紀に書かれたフランスの小説『Gargantua et Pantagruel(ガルガンチュワとパンタグリュエル。この本自体は読んでないんだけど、別の本で、ミハイル・バフチンというロシアの哲学者がこの本について書いたものを読んだ。哲学にとても興味があって、彼が本の中で言っていてとても好きな部分があって、それは「歴史は嘘だ」というようなことなんだ。つまり我々が認識している歴史は、混沌とした複雑な世界を注意深く整えて残したもので、真実は街の市場で起こっているということ。人々が笑いあったり、悪いジョークを言っていたりする中にね。それを読んだ時に、すぐにこのアルバムのことが思い浮かんで、その昔の16世紀の時代に同じことを思っていた友達がいたということに気づいて嬉しかったんだ。当時の王様もこの本を気に入っていたんだ。

この本は「バスルームユーモア」公には言えない悪いジョーク)のようなもので、当時のフランス社会の支配者たちのことをスマートにからかってるんだ。新鮮だよね。文学について人々に違った見方をさせるもので、登場するキャラクターもいいんだ。父と息子がいて、息子が生まれて最初に発したのが「喉が渇いた」という言葉で、それは水やミルクが欲しいというような意味ではなくて、人生を煩渇してるということなんだ。彼はあらゆることを知りたいと思っている。そこで父が息子の色々な質問に答えるんだけど、最終的にはいつも酔っ払って楽しんで終わっちゃうっていうオチなんだ。その話を読んで、リアルだなと思った。みんな答えを求めてる。でも最終的にいつもさらに質問が増えちゃうだけでさ。ラッキーだったらそんな会話の横にワインがあったりしてね。そういうのって完璧だなって思ったんだ。

編注]ガルガンチュワとパンタグリュエル』は医者で人文主義者だったフランソワ・ラブレーが1532年から発表し始めた全5巻にわたる風刺/ナンセンス/空想小説の古典的な大著。ここでOPNが話している「キャラクター」というのは『MYRIAD』のポスターやアルバムのアート・ワークにも使われている4つの図像のことで、元ネタは『Les songes drolatiques de Pantagruel(パンタグリュエルの可笑しな夢』という、ラブレーの死後、1565年に自主出版された「ラブレー調のイラスト本」的なもの。リシャール・ブレトンと木版画家フランソワ・デプレが制作したものとされ、100以上の奇怪な「ラブレー的なグロテスクなキャラクター(妖怪や怪物に近いものも含まれる」が描かれている。必ずしも『ガルガンチュワとパンタグリュエル』の挿絵、というものではない。

──最後に、本作を作るにあたって、影響を受けた作品をいくつか挙げてください。

環境のニュースから多くの影響を受けたと思う。アノーニとツアーをしてたんだけど、彼女は環境のことについて色々と思っていることがあって、自然を守るためにやるべきことが色々あると思っていた。僕らは議論し始めたんだけど、最終的にそれは口喧嘩に発展した。僕は、一万年後には人は絶滅するんだから、環境を考えることは意味ないと言ったんだ。太陽が地球のエネルギーをすべて吸い取ってカラカラにしてしまうよ、と言ったら、彼女は君はニヒリストだと怒ったんだ。それ以来このことが頭から離れなくてさ。彼女が僕にこんなに怒ったことなんてなかったもんだから「しまった。アノーニの心を傷つけてしまった」と思ってね。で、俺ってニヒリストなのか?と考え始めた。地球の五億年先のことを考えて、環境を考えることは意味がないと笑った僕はニヒリストなのか?と。

それがすべての始まりだったんだ。それから敏感になって、情報やものを知ることによって感じ方は変わるということに気づいた。アノーニにとってとても重要なことなんだからね。今すぐ変えなきゃいけないことじゃないって思っていたこととかを思うと暗い気持ちになった。地球が死ぬということ、そしてその理由が僕らだということ。MYRIAD』の考えはここからきたんだ。最後に生き残るのは人工知能とかコンピューターで、それらが母、つまり人間に対してセンチメンタルな思いを馳せる。一体なにが起こったんだ?って考え始める。そして、残念なことに僕らは間違いを繰り返す。人工知能だけは自然との折り合いをつけられるから生き残るんだ。一方僕らは欲張りで地球から多くを取り過ぎることになる。自分たちのことしか考えないからね。アノーニの気持ちを傷つけてしまったことからはじまって、もうそうしたくないと思った。そしてなぜ自分が無感覚だったのかということについても考えた。もう少し気遣えるようになりたいし、コンピュータードリームの一端になりたくないんだ。このアルバムはちょっとした警告ようなものなんだ。

今まではコンセプトがあって、自分の生活とは関わりのないものだった。今回のは複雑に感じるかもしれないし、実際そうだけど、僕の人生に関することなんだ。

WHAT’S “trialog”?

trialogとは、実験的な対話のプラットフォームです。

世の中を分断する「二項対立」から、未来をつくる「三者対話」へ。
trialogは異なる立場の三者が意見を交わす空間をつくり、
「ほんとうに欲しい未来はなにか?」を考えます。

代表を務めるのはblkswn コンテンツ・ディレクターの若林恵。
さらに、ゲームデザイナー/クリエイターの水口哲也が
共同企画者として参加します。ソニーのサポートのもと、
ジャンルや国境を超えた多彩なゲストを迎え入れたイベントを開催し、
対話のためのコミュニティ形成を目指してゆきます。