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VOL.3 SOUND, SPACE & UNIVERSE(S)
音と視覚のさまよえる宇宙
エイリアンと会話する練習
SF作家・樋口恭介インタビュー
電子音楽の鬼才OPNことダニエル・ロパティンが登壇する、9月13日( 木) 開催のtrialog vol.3。トークセッションには最新作『Age Of』の歌詞翻訳監修を務めたSF作家・樋口恭介も参加し、OPNの謎を紐解いてゆく予定だ。
OPNから影響を受けてSF小説を完成させた樋口は、OPNの音楽を聴くことは「エイリアンと会話する練習」にもなると話す。「 エイリアン」とは、一体なんなのか? 「 人類文明」の存続にも繋がりうると樋口が語る、OPNの複雑さがもつ重要性に迫る。
PHOTOGRAPHS BY KOTARO WASHIZAKI TEXT BY SHUNTA ISHIGAMI
OPNの「構造」からつくられたSF小説
──樋口さんがOPNを聴くようになったきっかけはなんだったんでしょうか。
初めて聴いたのは『R Plus Seven』だったと思います。当時は自分も音楽をつくっていて。Vaporwaveのようなポストインターネット的カルチャーに触れるなかでその存在を知ったんです。アンビエントやドローン、ノイズのような音楽は輪郭が曖昧になりがちなのに、OPNの音楽は音がすごく物質感があって立体的だったことを覚えています。
──これまでで何か印象に残っている作品はありますか?
『 Garden of Delete』を聴いたときはすごく驚きましたね。自分もOPN的な音楽をつくってみたいと思っていたんですが、こんなものは絶対自分にはつくれないと思いました。だからある種ミュージシャンとしてはそこで筆を折らされたというか、挫折しましたね。
音楽は続けられないなと思ったら、趣味がなくなってしまって。何かをつくりたいなという気持ちはあったので、音楽をつくる代わりに小説を書いてみようかなと思ったんです。だから『Garden of Delete』は自分にとって人生の分岐点ともいえる作品でした。
──『ele-king』に寄稿されていた文章でもOPNの音楽がきっかけでSF小説を書き始めたことを明かされていましたが、そういう経緯があったんですね。
最初は純文学みたいなものを書こうとしていたんですが、全然うまくいかなくて。ある日通勤途中に『Garden of Delete』を聴いていたときに、こういうふうに書けばいいんだなと気づいたんです。この構造で書けばいいんだと。それにこの構造で書くならSFじゃないと駄目だなと思って書き始めたのが、『 構造素子』です。
──構造、ですか。
『 Garden of Delete』に限らず、OPNって商業的なマーケットのなかで消費されつくした音楽の断片みたいなものを集めて鳴らすのが上手い人だと思うんです。ぼくが『構造素子』でやったことも同じだと思っていて、SF小説のなかで大量生産・大量消費されてきたものの断片をかき集めて、メタフィクションや再帰的な構造に基づいて書き直しています。
断片だけ集めてもばらばらだと仕方がなくて、OPNも「グロテスクなポップ」みたいなあるコンセプトに沿ってまとめることで、一貫したものになる。ぼくもコラージュなんだけど総体で見るとすべての整合性がとれているような小説を書こうと思っていました。
──そういう書き方ってうまく進むものなんですか?
いや、難しいですね(笑) 。設計図通りには書けなくて、一貫した思想を崩さずに試行錯誤を重ねていきました。ぼくは創作物って有機的なものだと思っています。小説も、ひとつの文章を書くことで次の文章が自分の思っていたところとは違う方向に進みたがっていることがある気がするんです。音楽も一緒だと思うので、OPNには創作における自律性と他律性について聞いてみたいですね。
『R Plus Seven』
『RIFTS』『RETURNAL』『REPLICA』と続いた「R」シリーズの最後を飾る『R Plus Seven』はWarp移籍後初めてリリースされたもの。アンビエントやドローン、シンセを融合させポスト・インターネット的価値観で昇華させた一作。
樋口の作品『構造素子』は第5回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞。本作には、「オートリックス・ポイント・システム」と呼ばれる人工意識や「ダニエル・ロパティン」も登場する。PHOTOGRAPH BY KOTARO WASHIZAKI
SF的な「よくわからなさ」
──構造だけでなく、OPNの歌詞やタイトルから影響を受けたりはしましたか? 最新作の『Age Of』では、歌詞の翻訳監修を樋口さんが務めていらっしゃいますよね。
歌詞の翻訳監修はTwitter経由でビートインクの方からご依頼をいただいて。最初は自分がOPNの歌詞を訳すなんて畏れ多くて無理だと思い、断ろうとしたんですけども(笑) 。でも、送られてきた「Babylon」の歌詞を読んで、これは自分が訳すべきだろうと思い直したんです。読んですぐに、この詞はポスト・トゥルースのような現代社会を批評しつつ、バビロン捕囚やテッド・チャンのSF小説『バビロンの塔』を参照しているものだと直観しました。そして自分なら、そうした背景を踏まえて歌詞の持つ意図をクリアに抽出して訳すことができると思いました。それに今回の歌詞はすごく韻を踏んでいることに気づいて、きちんと韻を踏むようなやり方で訳せる人はなかなかいないんじゃないかとも思いました。
──韻という点では、樋口さんの『構造素子』も非常に韻を意識されていますよね。THA BLUE HERBのようなヒップホップも好きだと伺いました。
THA BLUE HERB、すごく好きなんですよね。文学は現代文学へと移行するにつれて私性を廃してゆき私小説の存在が希薄になりましたが、ヒップホップはそれとは関係なく自分について語り続けてきた。ライフヒストリーやそれにまつわる苦悩や葛藤を直截的に語り続けてきた。その強さを感じます。ヒップホップを文学として聴いていたようなところもあって。音楽と小説を割と同じように捉えていたので、音楽をつくるように小説を書きたかったんです。言われてみれば、小説の中でサンプリングを繰り返していたのもヒップホップから影響された部分があったかもしれません。
──OPNもサンプリングを多用していますが、ヒップホップとは異なる効果を生んでいるような気がします。
──OPNもサンプリングを多用していますが、ヒップホップとは異なる効果を生んでいるような気がします。
OPNのサンプリングは、サウンドの文脈が全然わからないですよね。インタビューなどでもよく言っていますが、たとえば琴の音が鳴っていても、それは生音ではなくハリウッド映画からサンプリングされたものだったりして。ハリウッド出身の琴の音という、軽薄なんだけれども重層的な文脈になっている(笑) 。色々な音、しかも文脈の異なる音も一緒の音として鳴っていたりする。OPNの音楽って解釈の束が同時多発的に多重で発生するので、人間の脳では解釈しきれないものになっていると思います。人間という存在もリスナーの一部としてしか捉えていないような音楽で、それはSF的だと思います。
──「SF的」ってどういうことなんでしょうか?
フィクション作品としてのSFは、人間にとっても認識可能であるものの、人間だけを相手にしていません。あくまでも人間は目的ではなく「たまたまそれに触れたいち生物に過ぎない」という感じ。意思疎通が不可能な宇宙人や多次元生命体が出てきたり、人類は絶滅していて人類が残した機械だけが文明を運用していたりしますから。そういうふうに人類以外の存在の認識のあり方を想定し、人類を相対化し、人類はエコシステム全体の一部であるにすぎないと示唆するものがSF的だと思います。だからOPN的であることは、SF的であることなんじゃないかと。
『Garden of Delete』
移籍2作目にしてWarpらしさを強めた本作はオウテカのようなブレイクビーツやハーシュノイズを使いながらもダニエル本人が「ロックアルバム」だと位置づける異色の作品。米Pitchforkで「Best New Album」に選出されたほか、リードシングル 「Sticky Drama」のMVは英FACTにて「今週のベストビデオ」に選出されている。
『構造素子』と、樋口がOPNから連想した日本のSF作品3冊。どれも英訳が出ているため、ダニエル・ロパティン本人にもぜひ読んでほしいと樋口は語る。PHOTOGRAPH BY KOTARO WASHIZAKI
人類滅亡後も鳴っている音楽
──OPNがSF的というのは面白いですね。具体的なSF作品を連想されたりもしますか?
日本のSFでいえば、円城塔『Self-Reference ENGINE』や飛浩隆『グラン・ヴァカンス』、酉島伝法『皆勤の徒』などでしょうか。どれも人類の認知限界の外にあるものを描いていて、人間を相手にしていないようなところがあります。
超越知性体の暴走によって物理法則がめちゃくちゃになった世界が描かれる『Self-Reference ENGINE』は、断片的にはポップで普通に読めるのに総体がつかめないところがOPNっぽいなと思います。ぜひ彼にも勧めたいですね(笑) 。『 皆勤の徒』は人類滅亡後のような世界でぐちゃぐちゃしたグロテスクな生き物が普通に生活する話なんですが、これはグロテスクなのにポップな感じがOPNっぽいなと。もっとも、OPNはポップだけどグロテスクなので逆かもしれないんですけど。
『 グラン・ヴァカンス』では人類滅亡後の世界で取り残された人工知能が永遠の夏を過ごし続けるんですが、OPNの作品って人類の滅亡後も鳴っているような音楽だなと感じるんです。OPNが死んでも彼の音楽の断片がハードウェアから流れ続けるような。機械の自律性を感じるんですよね。『 Age Of』でも時代を区分していて、人類滅亡後の機械の時代を想定していますし。
──OPNの「よくわからなさ」は音楽や人類の枠組みを超越しているようなところがありますね。trialog代表の若林も今回のイベントに際してOPNには「確実に、ぼくらが見えていない何か、聴こえていない何かが聴こえているに違いない、という気配がある」と書いています。
OPNの音楽って複雑すぎて誰も正解がわからない。絶対に正解に辿り着けない。だから、「 自分で考えて、自分が言いたいことを言う練習」になると思うんですよ(笑) 。OPNのような「よくわからないもの」に直面して、こういう意味なんじゃないかと考えて意見をもちよって複数人で議論を重ね、なんとか全体像のようなものを浮き彫りにする。最近はインターネットも「バズ」や「炎上」によってクラスタが可視化されて同質化が強まる傾向がありますが、みんなもっと複雑なものを前にして、偉い人とか仲間の言っていることなんて関係なしに、自分で勝手に考えて自分の言いたいことを勝手に言えばいいと思うんですよ。OPNのように「よくわからないもの」って多様な解釈を許してくれるし、結局すべては誤読になるわけですから、あれこれ試行錯誤して正解を求め続ける姿勢だけが正解なんじゃないかなと思います。
『Age Of』
2018年5月に発売された本作は、ジェイムス・ブレイクがアルバム全体のミックスを担当しうち3曲ではキーボードを弾いているほか、アノーニがゲストボーカルとして参加している。OPNが近年のコラボを通じて得た能力が遺憾なく発揮された「ポストモダン・バロック」と呼ぶべき作品。
かつては自身も音楽活動を行いSoundcloudなどを通じて作品を発表していた樋口。OPNのほかにSF的といえるアーティストがいるか尋ねたところ、中原昌也とAphex Twinの名前が挙がった。PHOTOGRAPH BY KOTARO WASHIZAKI
絶対的な他者と対峙する「練習」
──確かに、OPNが本当に何を考えているかはわからないですよね。OPNの曲を聴くことは「よくわからなさ」と対峙するような経験なのかもしれません。
よくわからないものっていうのは、ひとりの人間の認知限界を超えているわけですからね。結局、人間はちっぽけな存在です。でも、何かをつくって他人と共有することはできる。ひとりだと限界があるけれど、幸い人間はテクノロジーを扱えて、言語や数式を媒介にして他人と認識を共有することができる。人はひとりではほとんど何もできないけど、道具を使ったり、道具を使って他人とつながることで、よくわからないものをわかろうとすることはできるんです。知的であることは限界を知ることで、そのうえで何をするか、何ができるかを考えることです。みんながみんな、自分にできることとできないことを知り、足りないところを補い合って正解を目指すというのが、人間に唯一できる知的な試みなのだと思います。だからこそコラボレーションやコミュニケーションは大事だし、自分の意見をもつことも大事なんです。それに、こういうふうにみんなが自分の意見をもちよってわからないものを解読しようとするのって、「 エイリアンと会話する練習」にもなると思うんです。
──エイリアンと会話することを想定せよ、と。
人間はエイリアンのように「絶対的な他者」の存在を想定しないといけないと思っています。時間のスケールや認識のあり方が根本的に違う他者と対峙するには、絶対にわからないものをわかろうとする努力が必要になる。エイリアンと言わずとも、もっと身近なところでISISなどのテロを思い返してみてもいいでしょう。異なる価値観をもつ他者が社会を脅かすようなことはすでに起きていて、他者と対峙する必要が生じている。そんなときに、エイリアンと対峙するように人類単位ではなくもっと大きく広く長い目線で考える努力が必要だと思うんです。
ビジネスの世界で言われるイノベーションとかもそうですが、「 ニーズ」をベースにして考えると失敗する、みたいなのも同じような話だと思っています。人間の寿命は80年くらいですから、ニーズベースだと80年程度のスパンでしか文明を駆動できない。何百億年、何兆年というスケールで存在する地球や宇宙に比べたら、あまりにも小さすぎますよね。ニーズなんて所詮人類が認識できる範囲のなかに収まってしまうわけですから。
──ニーズだけ考えていたらよくわからないものとは対峙できないということですね。
そうですね。よくわからないものと対峙しようとした結果、国粋主義や陰謀論のようなかたちで殻にこもる動きが世界中で見られますが、必要なのはコラボレーションなんだと思います。OPNの話にまたつなげると、彼も今回のアルバムで、ジェイムス・ブレイクとかアノーニ、プルリエントとか、色んなジャンルのたくさんの人とコラボレーションをしてますしね(笑) 。色々な組み合わせのコラボレーションを変則的に試みて、新たな創発が生まれるまでトライ・アンド・エラーを繰り返すしかない。
わからないことについて考えること、普段話さない人と話して、考えを伝え合うこと。それによって、エイリアンについて考えること。OPNの音楽を聴くことは、その練習になるんじゃないでしょうか。だからこそ、OPNの音楽のようにニーズから出てこない複雑怪奇なものは人類の未来にとっても大事だと思うんです。