trialog Partnered with Sony
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VOL.3 SOUND, SPACE & UNIVERSE(S)
音と視覚のさまよえる宇宙
「わかる」を拒むこと、「わからない」を愛すること
2018年6月から始動した実験的な対話のプラットフォーム、「 trialog」 。9月13日に行われた第3回「音と視覚のさまよえる宇宙」には、前日に来日公演を終えたばかりの音楽家、Oneohtrix Point Never(OPN)ことダニエル・ロパティンが登場した。
ノイズやアンビエントを軸としながら多彩な音楽をつくってきたダニエルは、近年ビジュアルアーティストのネイト・ボイスらと協力しながらライブパフォーマンスにも力を入れている。今回のtrialogは彼らがパフォーマンスを通じて描き出す「宇宙」に迫るべく、「 音」と「視覚」をテーマに3つのセッションを実施した。
SF作家・樋口恭介らを交えて行われた3つのセッションはOPNの音楽やパフォーマンスの核心に迫るとともに、OPN自身がいまもなお豊かに変化し続ける存在であることを教えてくれるものとなった。
PHOTOGRAPHS BY KAORI NISHIDA TEXT BY SHUNTA ISHIGAMI
前日にライブが行なわれたばかりということもあり会場は満員。OPNファンのみならず、数多くのクリエイターも会場に集まった。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
エモーショナルな体験の共有
最初のセッション「視覚と聴覚をグルーヴさせるためには」に登場したのは、近年OPNの活動をビジュアル面から支えているアーティストのネイト・ボイスとEnhance代表でありtrialog共同企画者でもある水口哲也、そしてソニー・ミュージックコミュニケーションズの浅川哲朗。3人は音楽と映像を融合させる可能性について論じてゆく。
近年はカナダ・モントリオールを拠点とするマルチメディア・スタジオ「MOMENT FACTORY」の日本展開にも携わるなどデジタルアートに造詣の深い浅川は、昨日行われたコンサート「MYRIAD」の映像演出からまずトークを始めた。
「 5つのスクリーンに映像を映し出されていましたよね。初めての感覚で、非常に面白かったです。個人的にはあの映像からキュビズムを感じたのですが、なにか影響を受けられていたりするのでしょうか?」
浅川がキュビズムに言及すると、ネイトは「キュビズムには関心がありますし、影響を受けてると思います」と答えつつ、ポリゴン的なスクリーンの配置はむしろフランク・ステラから着想を得たものだと続ける。
「 わたしとダニエルはフランク・ステラが1960年代に発表していたシリーズ『Irregular Polygons』に注目していて、異なるスクリーンを使うことでイメージを壊していきたかったんです」
さらにネイトは彫刻家としては未来派のウンベルト・ボッチョーニにも興味があり、彼の作品は外部の空間と融合しているような感覚があり面白いと語る。それを聞いた水口は、彫刻のように映像と音楽を融合させていく可能性についてネイトに問いかける。
「 100年前はアーティストがイメージしていたことを表現する方法が限られていたけれど、いまはVRやAR、MRなど表現の手段が増えて音楽を『見る』体験もできるようになりつつある。こうした流れのなかで、ネイトはどんな表現に向かいたいと思ってるんだろう?」
これに対しネイトは、最新鋭のテクノロジーを積極的に取り入れるのではなく、むしろみんながこうしたテクノロジーに慣れ親しむまで待つようにしているのだと語る。「 映像をリアルタイムに処理できるゲーミングエンジンのような技術にも興味はありますが、みんなが慣れて使い始めてからわたしも使いたいと思っています。その方が自分の独自性に気づいてもらえますからね」
続けて浅川がVRに興味があるか問うと、ヘッドセットを通じた映像体験には興味がないのだとネイトは返す。「 わたしのビデオは絵画のようなもので、物体が空間にある感じなんです。それは鑑賞者とともに物理的に存在するものなので、空間が閉じ込められてしまうヘッドセットには興味がありません」
ネイトは自分が映像を通じて提供したいのはエモーショナルな体験なのだと続ける。「 常に関心があるのはライブショーです。フィジカルなものを実現したくて。ARやMRで何かするのはまだ先のことになると思いますが、こうしたテクノロジーで体験をオーバーラップさせるのは面白いですよね。わたしが興味をもっているのは人の主観的な体験で、ひとつのエモーショナルな体験を共有したいと思っています」
ビジュアルアーティスト、ネイト・ボイス。この日のトークでは未来派の活動からもインスピレーションを受けていることを明かした。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
ソニー・ミュージックコミュニケーションズの浅川哲郎。浅川は初音ミクプロジェクトなどソニー内で数多くの音楽マーケティング業務に携わっていた。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
自身の制作プロセスについて詳らかに語るネイト。ネイトとダニエルのプレゼンテーションからは、ふたりの信頼関係も伝わってくる。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
劇場型のクリエイションに向かって
ネイトは自らの映像を「MVとしてはうまく機能していないと思う」と語るが、ならばその映像はいかなる目的をもち、いかなるプロセスを経て生まれたものなのか。ビジュアルとサウンドの影響関係について問われたネイトは、OPN作品における映像の役割も変わってきているのだと語った。
「 2010年頃のほうがわたしの映像の役割ははっきりしていました。それは『リズムを追加すること』だったんです。目で見るパーカッションのようなものというか。ただ、ダニエルの音楽が進化してきたことで、映像もさまざまな話し合いのなかから生まれるものになってきています。ダニエルの音楽は非常に複雑なので、いまわたしはそれに『色』で応えたい」
「 音」に対し「色」を返そうとするネイトの発言を受け、水口が自身の創作にとって重要な概念でもある「シナスタジア(共感覚) 」というキーワードを挙げると、「 共感覚は面白いですよね」とネイトも賛同する。かつては映像を音楽の振り付けのように扱うことを避けていたネイトだが、近年は映像と音楽の関係性についてよりオープンな考え方をとるようになってきたのだという。
いまネイトが目指しているのは、単なる音と映像の融合ではなく、空間をも表現に組み込んだクリエイションだ。今回日本でも披露された「MYRIAD」は、その目標に向けた一歩でもあった。「 ステージデザインにも関与したいし、幅広い領域を統合していきたいんです。『 MYRIAD』では天井から彫刻を吊るしたりもしていますし、劇場型のクリエイションを目指していきたいですね」とネイトは語った。
「 それは映像から抜け出したいということですか?」という水口の問いに対し、「 超越したい気持ちが強いわけではありません、絵画も好きですから。平面的なものと現実のイリュージョンに興味があるんです」と答えるネイト。映像と音楽の融合と聞くとついMVのような映像作品やVJのような映像演出を想起してしまうが、現実空間そのものをプロデュースせんとするネイトの姿勢は音楽と映像の未知なる可能性を感じさせるものだった。
プレゼンテーションでは特別に「MYRIAD」ニューヨーク公演の映像も公開。来場者の多くはスクリーンに釘付けとなった。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
空間の一部としてのスクリーン
続く第2セッションは、「 『 MYRIAD」という幽玄な世界の秘密」 。ニューヨークとロンドンに引き続き東京・渋谷O-Eastでも行われたばかりの最新コンサート「MYRIAD」を中心に、ダニエルとネイトが自身の制作を紐解くプレゼンテーションを展開した。
「 もともと、オペラのような方法でエレクトロニックミュージックを表現することに興味がありました。多くのライブではステージのすぐ後ろにスクリーンがありますが、それは圧迫感があるから嫌いで。でも劇場にいる場合は空間のレイアウトを体験できるし、ある意味幻覚のようなものを感じられたんです」
ダニエルがそう語るとおり、ニューヨークとロンドンで披露された「MYRIAD」はライブハウスではなくパークアベニュー・アーモリー(ニューヨーク)やバービカン・ホール(ロンドン)といった歴史ある劇場で行われている。さらに、ダニエルは音楽と空間は強く結びついているものなのだと続ける。
「 直感的に幻覚が生まれてしまうところが音楽の力だと思うんです。だって、クラブから出るとすぐ現実に引き戻されてしまいますよね。ぼくたちは幻覚を生み出すために“コンサートスケープ”に関心をもつようになりました。インスタレーション的なものをつくりたくなったというか。『 MYRIAD』で使っているスクリーンもこうした理念と合致したものです」
一方のネイトも、今回の「MYRIAD」で使った変形スクリーンについて説明しながら「空間」をつくることを意識していたことを明かした。「 スクリーンそのものを認識してもらいたかったのです。さまざまな形のスクリーンは空間上に配置された物体でもあり、“窓”でもある。観ている人に、その物体らしさを認識してもらいたくて」
「 MYRIAD」ではネイトの映像がふんだんに使われているが、その映像がプロジェクションされたスクリーンはライブの「背景」となっていない。それはSESSION1でネイト自身が語っていたような、空間全体を演出せんとする劇場型クリエイションの表れでもあるのだろう。
若林からの質問に答えるダニエル。ダニエルのトークからは、自身のバックグラウンドが制作に与える影響の大きさが感じられた。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
ダニエルとネイトのプレゼンテーションでは、OPNのMV制作背景も公開された。ダニエルはネイトに「イデア」的な街の風景をつくってほしかったのだと語る。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
フィット「させない」重要性
「 MYRIAD」で使用されている映像やニューヨークでの公演映像を流しながら、ふたりはいかにしてその映像が生まれたのか解説してゆく。そのプレゼンテーションは単に映像の制作背景を解説するにとどまらず、彼らがライブパフォーマンスにおいていかに映像を重視しているのかを物語ってもいた。
「 ネイトは空間の“質”を表現できるんです」とダニエルは語り、ネイトが映像によっていかに空間へ鑑賞しているのか説明する。「 音楽の世界を文字通り表現することもあるし、関係性を立ち上げるために映像を使うこともある。ネイトはその場がどんな空間になっていくのか理解しているんです。それは空間に“ステロイド”を注入しているようなものかもしれません」
多種多様な空間を立ち上げるためにつくられた彼らの映像は、しばしば極めて複雑なものに思える。「 音楽と映像のコラボレーション」というと両者がシンクロすることを考えてしまいがちだが、ふたりにとってはむしろ、映像が音楽にフィットすることは好ましくなかったのだという。
「 だからライブを観て怒る人もいましたね。なんでこんな複雑なものを観させられなきゃいけないんだって」とダニエルは笑う。鑑賞者の期待を裏切り、創造的に破壊することこそがネイトの映像の役割だったのだ。
こうしたふたりの姿勢からはライブを通じた超越的な体験への警戒心が感じられるが、それはふたりのバックグラウンドから来るものでもあった。ネイトは自身の両親が敬虔なキリスト教徒だったがゆえ幼いころ多くの人々が祈りを捧げる様子を見ていたが、そうした宗教的な体験を不思議に思うとともに、嫌悪感を抱いていた。他方のダニエルも、自身のルーツである旧ソ連では個人の主体性が削がれてしまうからこそ両親は米国に移り住んできたのだと語る。
ふたりは口を揃えて「わからないことをわかろうとすること」や「お互いの意見を聞いて共感をもつこと」の重要性を説く。だからこそ、自分たちの音楽やパフォーマンスはより複雑になっていったのだ、と。音楽と映像の結びつきを紐解くために始まったふたりのプレゼンテーションは、こうして彼らのクリエイションの芯ともいえる強い信念をも明らかにしたのである。
謎に包まれ本心が読めないともいわれることのあるダニエルだが、trialogではときにジョークを交えながら来場者からの質問にも気さくに答えていた。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
MVに登場するCGのキャラクターについてもダニエルとネイトは解説。どこかで見たことがあるようなポップなキャラクターには、色々な寓話が紐付けられているという。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
OPN=フランケンシュタイン?
trialog代表・若林恵と、OPNからの影響を公言するSF作家・樋口恭介がダニエルに迫る最終セッション「多層的/複数的な宇宙をめぐって」は、これまであまり明らかにされてこなかったOPNの姿を浮かび上がせるものとなった。
OPNの作品『Garden of Delete』の構造から影響を受けてSF小説『構造素子』を書き上げたという樋口は、その構造を次のように分析する。「 サンプリングの組み合わせが特徴的ですよね。ジャズとブラックメタルのように、普通は想像しえないような音が同時に鳴っている。しかもそれは異物感があるのにポップに聴けてしまうという。『 グロテスク・ポップ』というコンセプトが以前掲げられていましたが、一つひとつはグロテスクなのにポップに聴けるのがOPN作品がもつ構造の特徴ではないでしょうか」
ダニエルは樋口の分析を聞いてうなずきながら、「 それはフランケンシュタインのようなものですね」と答える。「 フランケンシュタインは色々なものがひとつになって生まれた怪物ですが、『 Garden of Delete』もそういうものでした。重要なのは、“ブレンド”しているわけではないということです。たとえばBECKは色々なスタイルをひとつにブレンドして別の音楽をつくっているけれど、自分がつくりたいのはあくまでもモンスターなんです」
樋口はダニエルが挙げた「フランケンシュタイン」というキーワードを受け、そのサイボーグ的要素がOPNのライブにおいても見られるものではないかと続ける。OPNの音源がテクノロジーに支えられた非人間的なものであるのに対し、前日に行われたライブは極めて豊かな身体性をはらんでいたからだ。樋口の問題提起を受け、OPNは自身にとって「ライブ」がもつ意味について語り始める。
「 最近はフィジカルな部分を強調するようになってきています。以前はラップトップでパフォーマンスをするとダイナミズムが失われることにがっかりしていたんです。自分がかつてバンドを組んでいたからというのもあるんですが、そこでジャズのアプローチに立ち戻ることにしました。いまのチーム編成は、異なるものが集まってより自分を強くしてくれるところがフランケンシュタインみたいだなと思いますね。快適な空間から出て自分より優れたミュージシャンについていこうとすること。それって、フランケンシュタインがそうだったように、マッドサイエンティストが自分のコントロールできないものを生み出すのと似ている気がします。夢を見ることによって、自分の限界を超えていけるというか」
「 さっき控室で話していたときも、音源をつくることよりライブに興味があると言っていましたよね。ライブに対して明確な問題意識をもっていることも意外だったんですが、そこにどんな可能性を感じているんでしょうか」と若林が問うと、ダニエルは「ライブは遊園地のアトラクションみたいだから」と答える。
「 この前ユニバーサルスタジオに遊びに行ってアトラクションに乗ってみて、子ども用だけど究極の形だと思ったんです。これをどう芸術的に解釈できるか考えたときに、ライブと繋がった。レコーディングも大掛かりで面白いことができるけど、どこかわかりきっているところがあって。だからわからない部分があるパフォーマンスに興味があるんです」
SF作家の樋口恭介。OPN作品に大きな影響を受けた樋口は、いくつかのSF作品に言及しながらOPNの作品がもつ魅力について語った。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
「変化することから目を背けてはいけない」と語るダニエルは、実のところ自分が次に何をつくりたいのかわからないのだと明かした。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
1と0というコンピューターのバイナリによるトリックよ永遠に、という意味が込められている。トリックとはイリュージョンのようなものであり、コンピューターを通じた音楽制作によって非常に大きなイリュージョンを体験できるのだとダニエルは語る。そのイリュージョンにこそ自分は魅了されているのだ、と。近年は映画音楽の制作などますます活動の幅を広げているダニエルだが、常にその根元にはコンピューターと音楽が起こすイリュージョンに対する期待があった。
樋口はフィリップ・K・ディックのSF小説『流れよ我が涙、と警官は言った』を参照しながら、人間の寿命を超えてモノや音楽が残るからこそ、音楽について考えることは触れられない世界に触れる方法なのかもしれないと語る。OPNがその名をもって体現するイリュージョンもまた、人間のタイムスパンを超えてはるか先まで残り続けていくはずだ。ダニエルは樋口の発言をじっくりと咀嚼してから次のように語り、3時間にわたるイベントを締めくくった。
「 わたしは音楽の不安定なところが好きなんです。人間の寿命を超えて長く残っていても、作品の意味が同じままということはありえない。意味は必ず変わっていく。それは生きることと同じです。すべてが時間によって変わるものであって、自分はコントロールできない。自分の音楽には常に変化の可能性があるんです。それが音楽の好きなところだし、そこから目を背けてはいけないと思います」
会場となったのは原宿の「CASE W」。イベント終了後も数多くの来場者が会場に残り、クリエイターを交えた新たなコミュニティが生まれていた。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
今回のケータリングは、インターネットをプラットフォームとした農学校「The CAMPus」によるもの。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
質疑応答の時間では会場から次々と質問が飛び出した。なかには「普段ご自身の耳はどういった音を拾っていると思いますか?」など、つくることだけでなく「聴く」ことに対する質問も。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
会場には、前日のライブで見事なプレイをみせたバンドメンバーの面々も登場。キーボードなどを担当したアーロン・デヴィッド・ロスとパーカッショニストのイーライ・ケスラーは、ダニエルと昔からの仲だという。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
これまでのtrialogと同様、今回のイベントの模様はTwitter上で同時配信が行なわれた。Twitter上でも多くのコメントが寄せられ、OPNへの関心の高さが伺える。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
「The CAMPus」によるケータリングは彩りにも気が配られたおにぎりやブリトーなどバリエーション豊富。懇親会では多くの来場者が食事を楽しみながら交流していた。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA
イベント終了後の懇親会にはダニエルとネイトも残り、ファンとの記念撮影やサインにも気さくに応じていた。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA