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VOL.4 FINANCE & WORK

オルタナティブな経済をめぐって〜お金とクリエイティブの新しい関係

これからの幸福は「成長」ではなく「繁栄」から生まれる

11月6日に行なわれたtrialog vol.4「オルタナティブな経済をめぐって〜お金とクリエイティブの新しい関係お金」と「仕事」をテーマに音楽プロデューサーから文化人類学者まで多彩な4人のゲストを迎え、3つのセッションを行なった。

今回は特別に3つのセッションを3回にわけてレポートしてゆく。テクノロジーが経済にもたらす可能性を論じたSESSION 1とクリエイティブと「お金」の関係を模索するSESSION 2に続き行なわれた最後のSESSION 3は、資本主義」や「幸福」そのものを問い直していった。

本セッションには、文化人類学者である松村圭一郎と人工知能研究の第一人者であるソニーコンピュータサイエンス研究所所長の北野宏明がゲストとして登壇。東南アジアの農村から「ジーマクレジット」や「AIチャーチ」まで縦横無尽に繰り広げられたトークは、来場者を驚かせオルタナティブな経済だけではなくオルタナティブな世界のあり方を教えてくれた。

PHOTOGRAPHS BY KAORI NISHIDA
TEXT BY SHUNTA ISHIGAMI

SESSION 3は人工知能研究で知られる北野宏明(左)と文化人類学者の松村圭一郎(中央)というこれまでの2セッションとは雰囲気の異なるゲストを迎えた。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

文化人類学的「混ぜっ返し」の価値

お金」と「仕事」のあり方を問い直してきたtrialog vol.4、ラストを飾るSESSION 3は文化人類学者の松村圭一郎とソニーコンピュータサイエンス研究所所長の北野宏明をゲストに迎えて行なわれた。資本主義のオルタナティブと『幸福』のゆくえ」と題されたこのセッションは、いまわたしたちの社会を支配している「資本主義」の可能性を問いながらこれからの「幸福」のあり方を議論してゆく。

文化人類学者としてエチオピアの農村や中東の都市でフィールドワークを続けてきた松村は、経営者やクリエイターの集まった今回のtrialogにおいて異質な存在だといえよう。これまでのセッションが現代の「経済」をある程度所与のものとして捉えていたとすれば、松村は人類史の長期的な視野からその前提に揺さぶりをかけてみせる。

そんな松村は、見方によっては「面倒くさいやつ」と思われるかもしれない。しかし若林が「現代の産業構成や社会構成が限界を迎えるとき、そういう“混ぜっ返し”が有効性をもつことがあると思うんです」と語るとおり、いまこそ文化人類学的な思考が求められているともいえるだろう。

いまテクノロジーやスタートアップ界隈の人は、ジャレド(・ダイアモンド)や(ユヴァル・ノア・)ハラリに夢中ですよね。ある時から狩猟民族と農耕民族が…と語り始める人ばかりで(笑。ハラリが書いたような大きな物語が提供されると気持ちいいんだけれど、一方ではその枠組自体が近代の産物にも思えてしまうんです」

若林がそう語ると、松村は「本当に革命なのか見誤るといけないと思います」と返す。ジャレドは農耕によって階層が生まれたと書いているけど、考古学的な知見ではそれ以前から明らかに階層の存在が確認されています。だから何が革命の起点になっているのかわからないように、インターネットによって社会がドラスティックに変わったかどうかも簡単に答えは出せません。なにが本質的な変化をもたらしてきたのか、冷静にとらえることが重要だなと」

文化人類学的に見れば、いま騒がれている「キャッシュレス」も決して新しいものではないのだと松村は続ける。そもそも人類はキャッシュレス社会から始まってるんですよ。ツケをあとから決済するクレジットカード的な仮想通貨・信用通貨が最初にあって、キャッシュはあとから出てきたんです。だから単に日本とドイツが現金社会だからといって遅れているとはいえないわけです」

キャッシュの誕生によって現金社会は誕生したが、松村によればその後中世に再び仮想通貨の時代に戻ったのだという。それから大航海時代に現金社会、1971年の金本位制停止から仮想通貨社会と時代に伴って変化を続けてきたのであり、決して現金社会が当たり前のものではないのだ。

松村は「だから決済サービスとか思いつかないわけ(笑。人類史的に見たらどっちでもいいわけですから」と笑うが、松村の提供した新たな視点は会場の人々を大いに驚かせたのだった。

松村圭一郎|KEIICHIROU MATUMURA

1975年、熊本生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。専門は文化人類学。エチオピアの農村や中東の都市でフィールドワークを続け、富の所有と分配、貧困や開発援助、海外出稼ぎなどについて研究。著書に『所有と分配の人類学』(世界思想社)、『文化人類学 ブックガイドシリーズ基本の30冊』(人文書院)、『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)がある。
PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

今回のtrialogもこれまでと同様、Twitter上でライブ配信が行なわれていた。Twitter上からも各セッションにコメントが寄せられた。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

幸福」の定義は揺れ動いていく

現代の経済システムが当たり前のものでないとすれば、しばしば経済状況と紐づけられる「幸福」もまた揺れ動いているのかもしれない。日本における人工知能(AI)研究の第一人者として知られている北野は、近年ブータンや東南アジア諸国を訪れた際、改めて「幸福」のあり方に考えさせられたという。

ブータンは幸福の国と言われているけれど、インターネットが使えるようになりいろいろな情報が入ってきたことで国民の幸福感が揺らいでいるんです。それまでブータンにとって外国といえばインドで、ニュースの情報も限定的。CNNやBBCを通して知る外の世界は紛争や暴力等で満ちているように思われていた。でもインターネットで何でも検索できるようになって人々は、いろいろな情報に接するようになった、単純にブータンが幸せとは思えなくなっているという話も聞きました。情報の問題は重要だなと感じました」

北野が目の当たりにしたブータンの変化は、古典的な文化人類学の問題」でもあると若林は指摘する。文明社会から学者が入ってくることが変容をもたらすので、純粋な観察にならないわけですよね。誰にも接触しない状態で幸福が保たれるならそっとしておこうかとも思うけれど、北野さんが訪れたみたいに外から人は来てしまうわけですし。異文化や他者とどう接触が可能なのかが問われているなと思います」

もちろん松村は文化人類学者としてこの問題に向き合ってきた。文化人類学の研究が対象に影響を与え、ときには搾取してしまうことは長年論じられてきた問題なのだという。でも、現実は変わってしまいます」と松村は語る。どうやって他者とかかわれるのか文化人類学者が自問自答・反省をする時代があったんですが、反省しているうちにどんどん商品や情報が入っていってしまったんです」

結果として、松村が20年前からフィールドワークを行なってきたエチオピアの農村部も大きく変わってしまった。最初は電気も水道もなかったのに、いまや農村部の人々も携帯電話をもっているのだという。Facebookを使いこなしている人も少なくなく、松村は「毎日エチオピアから友だち申請が来るんですよ」と笑う。

ただし、その変化によって人々が「幸福」になったとは限らないことに注意せねばならない。垣根がなくなって幸せになるかと思いきや、比べてしまうんです。同じ土壌になると比較が生まれる。新しい技術が入ると変化が生じますが後戻りはできないし、幸福の問題は慎重に考えないといけないですね」と松村は語る。

東京からバンコクに降り立つとまあまあ都会に見える程度だけど、ラオスからバンコクに行くと見え方がまったく異なり、異次元の大都市に思えてしまう。比較をするうえでも、どこから見るかによって印象が変わることに注意しないといけないなと感じました。そう北野が自身の体験を振り返ったように、幸福とは常に相対的に規定されてしまうものなのかもしれない。

北野宏明|HIROAKI KITANOM

ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長。特定非営利活動法人システム・バイオロジー研究機構 会長。沖縄科学技術大学院大学 教授。ソニー株式会社執行役員。ロボカップ国際委員会ファウンディング・プレジデント。国際人工知能学会(IJCAI)エクゼクティブ・コミッティー・メンバー。世界経済フォーラムAI&Robotics Council 委員。
PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

会場となったのは渋谷の中心に位置するゲームチェンジャースタジオ、EDGEof。SESSION 2に登壇した水口はこのビルの中にオフィスを構えている。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

GDPのオルタナティブを求めて

では、わたしたちと異なる環境における「幸福」はどう捉えるべきなのだろうか。若林が「伊藤穰一さんはGDPというものさし自体が駄目なんだと言っていますよね」と指摘するとおり、近年はGDPのような基準では測れない幸福の重要性を主張する声もある。

しかし北野はその考え方が危険性もはらんでいると語る。収入の額面が同じでも地域によって生活水準が変わるように、もちろん経済の構造によって考え方が変わる部分はあります。でも、病気になった際の対処や教育の選択肢を考えると、それなりの社会基盤とそれを支える、ある程度の経済規模が必要になってくるので、GDPとは関係ない幸せ』なんて一概には言っていられないと思うんです」

とはいえGDPという“ものさし”を再考する必要性を説くのは松村だ。*ldquo;ものさし”って便利で、人と比べられるようにしてしまう。100倍GDPがあれば100倍幸せなわけではないのに、質の異なるものをGDPというものさしで並べるとそれだけの差があるように見えてしまう。そもそもGDPなるものさしは適当だったのかと松村は続ける。これまでは価値をGDPみたいなものにしか還元していなかったけれど、そもそもGDPにあまり実感がないですよね。わたしたちの生活実感とはかけ離れた言葉として語られていて、そうではない生活の質について語るための言葉を獲得しなければいけないと思うんです」

かように、社会・経済制度や文化の異なる人々の「幸福」を考えることは難しい。若林によれば、キャッシュレスのようなテクノロジーが人々に便利なシステムをもたらす一方で、格差を広げてしまいうるのだという。キャッシュはコストがかかるので、キャッシュに依存している社会のほうが収入は低いんです。現金社会はそのままでいいじゃんと言われることもあるけど、そのままにしておくと格差が助長されてしまう問題もあります」

若林の指摘を受け、松村も「そう簡単な問題ではない」と語る。ここで松村が提案したのは、社会と個人を切り分けて考える必要性だ。日本は社会が成長すれば個人もハッピーになるとか、この技術が導入されると“わたし”も幸せになるような幻想がありますよね。でも、制度は制度でしかないし、キャッシュレスになってもみんなが幸せになるわけではない。仕組みは全面的に何かを改善するわけじゃないので、仕組みのなかでどう生きるかは別の次元として考えなければいけません」

北野も松村の発言を聞いて頷きながら、日本も経済的な“数字”を上げていいことがあるかどうかはわからない」と苦笑する。それぞれの国が置かれている構造が違うから比較にも意味がないですし。大きな部分を捉えるうえでGDPは使えることもあるけど、細かい要素も考えていく必要がある。個人的には、日本は多様性やサステナビリティを広げていくところに幸福の鍵があるんじゃないかと思います」

今回の来場者はすべて「アンダー30」であり、なかには大学生も少なくない。熱心にトークへ耳を傾ける姿からは、彼ら/彼女らの切実さが伝わってきた。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

成長」から「繁栄」へ

わたしたちが依拠している経済システムや「幸福」そのものを問い直す3人のトークはこれから社会で活躍していくアンダー30の来場者に大きな示唆を与え、セッション終盤の質疑応答では次々と質問が飛び出した。

なかには、北野が専門とするAIにまつわる質問もあがった。AIはどう幸福を定義しているのか?」という質問に、北野は「AIが幸福を定義するにはわれわれがそれを定義しないといけないんです。でも、それもあやふやになってますね」と答える。

中国の決済サービスであるアリペイが提供する信用スコアシステム「ジーマクレジット」はある種AIによって幸福を定義づけていると語るのは若林だ。どういうアルゴリズムかはブラックボックスなのに、スコアの点数が低いと“妖怪人間”扱いされる問題がある(笑。でも、お天道さまが見てる』みたいな外部の視点を内面化することで行動が規範化されていることを考えると、それがAIに置き換わるとなんでまずいのかという気もするんです。もちろん、人がつくる以上恣意性が高くなってしまっているのも事実なんですけど」

北野はジーマクレジットの危険性に頷きながらも、他方で「AIが幸せを規定する」と信じる人も現れるだろうと語る。北野によれば米国では「AIチャーチ(教会」なる存在すら登場しており、AIを「神」とみなす人々も出てきているのだという。

こうして幸福のあり方が揺れ動いているならば、経済成長」の必要も揺れ動いてしまうだろう。会場からは「お三方は経済成長をどう定義されていますか?」と質問が上がる。

経済成長は“道具”ですよね」と答えるのは北野だ。単なる数字を上げるだけじゃなくてきちんと広く分配される世界がいい世界。経済成長は目的じゃなくてビジュアライゼーションだと思います」

松村も「経済成長自体は経済活動の総量にすぎないし、そう定義されていますよね」と答える。経済成長と社会の豊かさの向上は別なのに、往々にして経済成長だけが語られて社会の豊かさが語られない。日本は人口が減っていくから総量は減っていかざるをえないので、いままでの経済用語では語れなくなっていくんじゃないでしょうか」

ふたりの発言を受けて若林が紹介したのは、繁栄=flourish」という概念だ。近代社会は「成長=growth」を考えてきたが、それとは異なる概念としていま「繁栄」が注目されているのだという。これまでは成長だけを取り出していたけれど、近代は個人をflourishさせたとみるほうがいいんじゃないでしょうか。繁栄というのが今後のいいキーワードになっていくかもしれないと思うんです」

日本の人口は減少し否応なく経済成長は緩やかになっていくが、他方で中国をはじめほかの諸外国は今後も従来的な意味での成長を続けていく。とりわけ今回来場したアンダー30の人々にとって、成長」の限界と向き合うことは極めて重要な問題となるだろう。経済について考えることは、ビジネスやテクノロジーについて考えることではありえない。来場者はそのことに気付かされると同時に、オルタナティブな「成長」と「幸福」の可能性を夢想し始めたのだった。

WHAT’S “trialog”?

trialogとは、実験的な対話のプラットフォームです。

世の中を分断する「二項対立」から、未来をつくる「三者対話」へ。
trialogは異なる立場の三者が意見を交わす空間をつくり、
「ほんとうに欲しい未来はなにか?」を考えます。

代表を務めるのはblkswn コンテンツ・ディレクターの若林恵。
さらに、ゲームデザイナー/クリエイターの水口哲也が
共同企画者として参加します。ソニーのサポートのもと、
ジャンルや国境を超えた多彩なゲストを迎え入れたイベントを開催し、
対話のためのコミュニティ形成を目指してゆきます。