trialog Partnered with Sony
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VOL.10 CREATOR & SOCIETY

クリエイターと社会のディスタンス

「不要不急」の呪縛を乗り越えるために

SESSION 1:篠田ミル×山根有紀子×若林恵
SESSION 2:ミツ・カンダガー×吉田修平×水口哲也

2020年10月10日(土)、trialog vol.10が開催された。記念すべき10回目となる今回のテーマは「クリエイターと社会のディスタンス」。2月開催のvol.9から半年以上が経過し、クリエイティブをめぐる社会状況が一変したことから、なぜ文化が必要なのか、表現はどう変わっていくのかを考えるべく4本のトークセッションが実施された。

今回はコロナ禍を受け、無観客オンラインでの開催。trialog初の試みとして、同時配信されたセッション2/セッション3を選択して視聴する方式を採用したほか、台風14号の影響を考慮して、ゲスト登壇者は全員リモートでの出演となった。ライブ動画配信の総視聴回数は約150万回を記録。視聴者からも“当事者”として多くの質問が寄せられ、イベントは大きな盛り上がりを見せた。

ここから前後編の二部構成で、約4時間に及んだ当日の模様をレポートしていく。この前編では、SESSION 1「エッセンシャルとは何か」とSESSION 2「クリエイターをどうエンパワーメントするか」を振り返っていきたい。

PHOTOGRAPHS BY YURI MANABE
TEXT BY TOSHIYA OGUMA

Introduction

ニューノーマル時代におけるクリエイターのあり方

イベントが始まると、まずはパネルでセパレートされたスタジオに若林恵、水口哲也とソニー・小堀弘貴が登壇。vol.9開催時から何もかも一変した状況に思いを巡らせながら、恒例のオープニングトークが始まった。

「What is the future you really want?」を合言葉に、trialogでは多数のクリエイターや著名人を交えながら、よりよい未来のあり方について話し合ってきた。「ニューノーマルではtrialogでの三者対話も含め、これまで議論されてきたような社会の変化を早回しで到来させ、直ちにアダプトしなければいけない状況をもたらした」と若林が指摘するように、パンデミックを一つの契機として、あらゆる分野でシステムの再設計が推し進められている。

小堀が説明したように、ソニーは今年4月に『新型コロナウイルス・ソニーグローバル支援基金』を設立し、「医療関連」「教育」「クリエイティブコミュニティ」の3つの領域で支援活動を行なっている。企業側が新しい役割を求められているのと同様、コロナ禍においては「文化」や「クリエイティブ」もその価値を厳しく問われている。そうしたなかで、クリエイター側はどのような課題や問題意識を持っているのか。それらをどうやって乗り越えていけばいいのか。

ニューノーマル時代におけるクリエイターのあり方を探るべく、trialog vol.10では「エッセンシャル」「エンパワーメント」「アクション」「デジタルプレイス」という4つのキーワードを用意。国内外の幅広い分野から登壇者が集い、それぞれのトークセッションで白熱した議論が繰り広げられた。

SESSION 1 Essential

「草の根」を守るためのネットワーク

コロナ禍において不要不急という言葉が盛んに叫ばれたが、そもそも私たちが暮らす社会に、なぜ文化やアートが必要なのか。また、エッセンシャルワーカーと呼ばれるようになった医療の現場では、この状況下にどのような課題があるのだろうか。SESSION 1では#SaveOurSpaceの発起人である篠田ミルと、医療従事者をインターネットで支えるエムスリーの山根有紀子を迎え、「エッセンシャルとは何か」をテーマに議論。若林がモデレーターを務めた。

yahyelのメンバーである篠田が、発起人の一人として#SaveOurSpaceを立ち上げたのが今年3月のこと。クラスター発生源と決めつけられ、自粛を要請されることで経営が悪化していたライブハウスやクラブを救うべく、周りのDJやミュージシャン、ライブハウス経営者、音楽関係者と同団体を発足。Twitterでの署名活動を始めると、坂本龍一など著名人も賛同し、4日間で30万筆以上を集める大きな成果を見せた。そこから同団体は、映画・演劇の各業界団体と連携した3者共同キャンペーン『WeNeedCulture』に発展。文化庁など行政に働きかけを続けている。

かたや山根は、医療従事者向けプラットフォームを運営し、日本の医師の9割が登録しているエムスリー株式会社に2017年入社。現在は、ソニーなど企業とコラボしながら、重い病気をもつ患者の「やりたいこと」をかなえるプロジェクト『CaNoW(カナウ)』に取り組んでいる。自粛期間中、面会制限が行われたことで病状を悪化させる患者は少なくなかった。実際、病に向き合う姿勢が、治療の効果にも影響することは調査からも明らかになっている。そこで山根は、高齢者や子どもでも簡単に使えるウェブ面会のシステムを医療現場に届けるなど精力的に活動。患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を上げ、医療従事者の負担を軽減させるために、ソニーの技術を使ってどんなヘルプをできるのか事業探索しているという。

音楽と医療。まったく畑違いの業界だが、コロナ禍を受けて現場をサステインさせるための活動をしている点で、両者は共通の立場を担っている。そこで自己紹介のあと、実際に活動しながら、お互いが感じた問題点を掘り下げるところからトークは始まった。

篠田ミル|MIRU SHINODA

1992年大阪生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。学際情報学修士。yahyelのメンバーとしてサンプラー/プログラミングを担当する傍ら、DJ/コンポーザーとしても活動。また、プロテストレイヴ、D2021といったイベントの企画・運営などにも携わっている。

篠田は「ライブハウスなどの業界に、みんなで一枚岩になるための団体・組合が存在しないことが課題。行政サイドが何かしらの支援をしようにも、大きな主体がないとお金の配り方が見えてこないし、信用を得ることも難しい」と回答。補償を求めるためにエビデンスを示そうにも、業界間のネットワークが未発達であることが問題だと指摘したあと、「美術館などハイカルチャーなものは文化施設とみなされているが、国の定義する『文化』の概念に、ライブハウスやクラブ、あるいは小劇場といったものが含まれていないと気づかされました」と続けた。

このあと本人も言及していたように、ドイツではコロナ危機で大打撃を受けた文化・芸術を守るため、メルケル首相が「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要」として大規模サポートを早々に打ち出し、日本でも大いに話題となった。さらに、ベルリンの有名クラブ「ベルグハイン」は、ドイツ政府によって文化施設に認定されているが、その背後にはクラブコミッションという業界団体が、ベルリンのクラブ文化を守るために長年かけて戦ってきた歴史がある。そんなドイツの現状に比べると、日本は課題が山積していると言わざるをえないだろう。

「こういった問題は医療業界にも当てはまりそうか?」と若林が質問すると、山根は「違う部分と重なる部分の両方がある」と答え、このように続けた。

「明確に異なるのは、開業医を束ねる医師会が存在すること。ただ、コロナ禍で感染を避けるために『通院控え』が発生していることで、患者さんの症状が悪化するケースもよく聞きますし、街のお医者さんも経営面で本当に苦しんでいる。まずは街のお医者さんが診察して、難しい症状だったら高度な医療現場に繋ぐという流れで現場が回っているので、街のお医者さんが潰れるとすべて破綻してしまう。この状況を乗り越えるために、新しいシステムの構築が必要という点では共通していると感じました」

この話を聞いた若林は、「どんよりするな」と思わずため息。医療の世界でも、小規模事業者を支えるための新たなネットワークを形成し、それぞれの負担を軽減することが必要になっていくのではないか。若林がそう問いかけると、山根も同意してこのように答えた。「病院間の連携が大事。日本の場合はデジタルな医療情報の基盤が弱いのと、医療は扱う情報がセンシティブなのもあって改善が進まなかったけど、今後はコロナ禍を受けて、情報連携をしながら助け合っていく動きが進んでいくはず。地方では医師不足が問題になっている一方で、都市部の開業医は患者さんが来なくなって困っている。人材の流動性を高める取り組みが必要になってくると思います」

若林が「ハイアートに予算を割いて守るのも大切だけど、そのコンテンツがどこから生まれてくるのかといえば、小さな主体が支えている。医療についても同様で、今のままでは根っこがないのに、花だけ咲かせようという話になってしまう」と語っていたように、グラスルーツの価値を再認識し、それを支えていくための環境づくりが、文化と医療、もちろん行政にとっても共通の課題といえそうだ。

山根有紀子|YUKIKO YAMANE

エムスリー株式会社CaNoW(カナウ)事業部部長。東京大学卒業後、総合商社にて勤務した後、2017年にエムスリーに入社。各種新規事業立ち上げを行い、2019年には患者さんの願いを企業とのコラボレーションによって叶える「CaNoWプロジェクト」を発足。患者になってもやりたいことができる「選択肢」があることが重要と考え、日本最大の医療プラットフォームm3.comを活用しながら、企業ともに患者向け新サービスの開発も進めている。

文化は前に向かうためのエネルギー

そしてトーク終盤は、「エッセンシャル」の本質に迫る内容となった。上述のメルケル首相に加えて、日本でも多くの文化人が「文化・芸術は社会に必要なインフラ」と声を挙げてきた。しかし、コロナ禍においては「文化は不要不急だ」という意見も根強い。「なぜ大事だと思うか?」という若林の問いに対し、篠田はこのように答えた。

「人間とそれ以外の動物や機械を分けるものは『文化』だけ。ただ効率性だけを重視するのであればロボットでも構わないわけで、自粛期間中にみんな家で本や映画、音楽を楽しんでいたことからも明らかなように、人間という概念を下支えするものが文化だと思います。デヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』という本にもあるように、本当はもっと不要不急なものが人間社会にはあるはずで、文化は議論するまでもなく必要なもの」

山根もこの回答に頷きながら、「患者さん本人に生きる意思、前に進む力がないと医療は成功しない。例えば、治療中のお母さんが自分の子どもに会えたりすると、いつか家に帰るためにがんばろうと元気になる。それと同じように、映画や音楽を生きる糧にしている人もたくさんいるはずで、前に向かうエネルギーは医療だけでは絶対に提供できないもの。人間の根源となる文化からしか生まれないものだと思います」と、医療の視点から文化の重要性を強調した。

その一方で、文化芸術が補償を求める動きに対し、「好きなことをやっているんだからリスクは自分で背負え」といった自己責任論も根強くある。また、質問タイムでモデルの山本奈衣瑠が問題提起したように、クリエイターや文化従事者へのそういった圧力が、「文化は後回しでもしかたない」という諦めの気持ちを抱かせ、孤独や自信喪失、あるいはメンタルヘルスにまで繋がりかねない悪循環をもたらしている。

これについて篠田は、「そのロジックに対して、社会がどうやって違う答えを作っていくのかが大事。究極的にいえば、みんな好きなことをやっていいはずだし、そのための仕組みを考えていくべき」と回答。ここまでの対話でも明らかなように、「エッセンシャル」の形はひとつだけではない。多様な生き方が尊重される社会を下支えし、心身ともに健やかな生活を送るうえでも、文化や医療は欠かせないものであるはずだ。

最後に、「これまでの仕事で励まされたことは?」という視聴者の質問に対し、山根は「一番嬉しかったのは、患者さんがご家族と会えない状況に対し、遠隔面会というソリューションを提供したところ、『入院してから初めて、生きていてよかったと思えた』という声をもらったこと」と回答。これまでのtrialogでも語られてきたように、いい仕事・いいクリエイティブをするためには、自分がどんな未来を求めているのか、周囲に何を求められているのかを考えることも大切だ。篠田が山根との対話を通じて、「医療の現場で戦っている人に、文化従事者がパフォーマンスやレクチャーを提供することで、お金を還元する仕組みがあったらいいなと思いました」と話していたが、これからの時代は消費経済に囚われない形で、文化の「エッセンシャル」な役割を再発見していくことも重要になってくるだろう。

SESSION 2 Empowerment

ゲーム開発の民主化革命

SESSION 2では「プレイステーション」の立ち上げに携わり、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)のワールドワイド・スタジオで自社製ソフト開発の責任者(プレジデント)を長年務めた吉田修平、ダイバーシティの促進に取り組む気鋭のゲームデザイナーで、インディーメーカーGlow Up GamesのCEO兼共同設立者、さらにニューヨーク大学ゲームセンターの助教授でもあるミツ・カンダガー、そして世界的ゲームプロデューサーの水口哲也と、ゲーム業界の最先端をリードする3人が「クリエイターをどうエンパワーメントするか」をテーマに話し合った。

まずはモデレーターの水口が、「ゲームは体験のメディア。時代のテクノロジーとともに成長し、体験の質や解像度を向上させながら変化を続けてきた。しかし今はゲームクリエイターも孤立した環境下に置かれ、いろいろ試される一年となっている」と述べたあと、コロナの影響について二人に質問する。

昨年11月からインディーゲームディベロッパーの発掘・育成を支援するインディーズ イニシアチブの代表を務める吉田は、コロナ禍で禍財務難に直面しているインディースタジオの活動支援を行っている。「現在はリアルイベントが軒並み中止となっているため、インディーディベロッパーがゲームをお披露目する機会が失われてしまっている。彼らをオンラインで補完する形でサポートすることは、業界全体の課題だと思います」と回答した。

一方のミツも、「本当に大変な1年。リモートで仕事しながら、ゲームを作ったり、生徒に教えたりするために一日中Zoomの前にいます。Glow Up Gamesの共同創業者は6歳の子どもがいる母親で、その子の面倒も見ないといけない。誰もが適応力を発揮するしかない状況です」と現状を明かした。

それから水口は、登壇者3人の共通項が「ゲーム」と「インディペンデント」であると指摘。「昔はインディーゲームクリエイターはわずかしかいなかった。最初は大きな会社に在籍する人がほとんどで、僕もセガに長らく在籍していた。でも近年はテクノロジーの進化もあり、インディーでゲームを作る環境が整っている」と続けた。

ミツ・カンダガー|Mitu Khandaker

ゲームデザイナー、学者、起業家。VRなどの没入型インターフェースのゲームデザインに関する博士号を取得。Glow Up Games のCEO兼共同設立者。ニューヨーク大学ゲームセンターの助教授として、ゲームデザインと開発について教鞭をとる。ゲーム開発やSTEM関連分野におけるダイバーシティの促進に特に関心を持ち、Game Developers’ Conferenceで、Advocacy Trackのアドバイザリー委員や、Feminist Frequencyの役員を務めるだけでなく、より多くの女性をゲーム開発に参加させることを目的とした、AAASv IF/THENアンバサダーも務める。
Glow Up Games: https://glowup.games/

ゲーム業界をとりまく環境の変化について、90年代初頭からゲーム業界に関わってきた吉田は、大きく二つの波があったと解説する。

一つ目は、1994年発売の「プレイステーション」がCD-ROMを導入したこと。それまでの家庭用ゲーム機ではROMカートリッジが主流で、製造に何ヶ月もかかるうえにコストも高く、大手でないとゲームのパブリッシングは難しかったが、CD-ROMによる小ロット生産が可能となったことで、パブリッシャーの新規参入が促進された。さらに、「プレイステーション」は当時のゲーム業界では新参だったため、『パラッパラッパー』で松浦雅也を招いたように、新しいクリエイターをサポートしようという考えが強かったと吉田は振り返る。

二つ目の波は2000年代後半。「プレイステーション ネットワーク」、Steam、iTunes Storeといったデジタル配信が普及したことで、パブリッシャー側の敷居がさらに下がり、個人でも世界中のユーザーにゲームを届けられる環境になった。それから特筆すべきは、Unityなどの開発ツールが普及し、ディベロッパー側の障壁が一気に低くなったこと。Unityが「ゲーム開発の民主化」を促したことで、開発者コミュニティは爆発的に成長。インディーゲームのブームが起こったのもこの頃だと吉田は語る。

水口がこの話を受けて、「昔はインディー的な発想でゲームを作るなんて考えられなかったけど、今はUnityやデジタル配信が普及したことで、自分たちで好きなものを作る自由度が劇的に向上している。環境の変化が作り手をエンパワーし、ユーザーも『何か作ってみようかな』とエンパワーされている」と語ったところで、いよいよ本題に入る。

吉田修平 | SHUHEI YOSHIDA

ソニー・インタラクティブエンタテインメント インディーズ イニシアチブ 代表。1986年ソニー株式会社に入社、1993年2月に現SIEに参画。以降、「プレイステーション」プラットフォーム向けに発売された数々のソフトウェアタイトルをプロデュースし、2008年よりゲーム制作部門であるSIE ワールドワイド・スタジオ プレジデントに就任。「ゴッド・オブ・ウォー」、「アンチャーテッド」各シリーズの制作を担当。2016年10月に発売したバーチャルリアリティシステムPlayStation®VRの開発にも携わる。2019年11月よりインディーズゲームを推進するインディーズ イニシアチブ 代表に就任。

私たちのストーリー、新しいゲーム体験

ミツも二人の話にうなずき、「この10年でゲームの世界は大きく変革したと思います。ツールが増え、アクセシティビリティが向上したことで、ゲーム開発がいろんな人に解放された。私自身もUnityが出てきたときは驚きました」と振り返る。しかし、そういった現状を歓迎しつつ、本当に大切なことがまだ達成されていないという。「それらに加えて私が注目しているのは、ゲームにまつわるカルチャーの変革です」と語ったあと、彼女はこのように続けた。

「本当の意味で誰もがフラットにゲームを作れるようにするためには、業界の構造改革が必要です。多様なバックグラウンドを持っている人や女性、有色人種の方に対し、もっと包摂性を高めるべきだと思います。実際、アメリカではモバイルゲームを遊ぶユーザーの68%、PC・家庭用ゲーム機でも49%を女性が占めているのに、ゲーム開発者となると5人に1人くらいの割合になってしまう。有色人種が占める割合についても同様です。今後は多様なバックグラウンドをもつクリエイターにスポットを当てることで、もっと多くの人々に『あなたのための業界です』と言えるようにしないといけない」

2020年はBlack Lives Matterが再浮上し、ジェンダーやマイノリティの格差問題もここ数年活発に議論されてきた。「しかし、他分野のアートが社会との関わり方を意識しているのに対し、ゲームはまだそこまで踏み込めていない気がする」と水口が告げると、ミツも同意してこのように語った。

「今年はいろんな問題が浮き彫りになりました。そういった問題にコミットするためにも、多様性に富んだゲームを開発することが重要だし、ゲームは本来、多様な価値観を吸収できるメディアであるはずです。例えば、ここ5年でハリウッドは大きく変わりました。有色人種のクリエイターが活躍し、『ブラックパンサー』のような映画が大成功を収めている。同様の変化は他の分野でも起きているし、ゲーム業界にも起きるべきです。私がGlow Up Gamesを立ち上げたのもそれが理由。私のような有色人種が、私たちのストーリーを語るために起業しました」

ミツの話を踏まえて、吉田もゲーム業界の男女格差をこのように指摘する。「マネジメントする立場の女性は増えていますが、ゲームのクリエイティブをリードする役割では、女性の進出がなかなか進んでいない」

さらに吉田は、ゲーム業界がダイバーシティやインクルージョンを推進すべき理由を、「ユーザーのことを知るため」だと語り、このように説明した。

「ゲームディレクターにユーザーへの知識がないと、ゲームを作るうえでの判断を見誤ってしまう可能性がある。例えば、ユーザーが自分を投影できるようアバターを作れるとして、黒人のユーザーが黒人特有のヘアスタイルを選べないとなったら、ゲームをアドベンチャーしようという気持ちになりにくくなる。ユーザーについて正しい知識をもつことで、ゲームクリエイターの意図が伝わりやすくなり、より成功するタイトルを作ることができるはずです」

ミツ自身も、「4歳の頃からゲームをやっているけど、次第に『このゲームのストーリーは自分と関係ないんだな』と思うようになった」と振り返る。そんな彼女は今、ゲームを通じてどのようにエンパワーメントのストーリーを伝えようとしているのか。「Glow Up Gamesについて投資家に話すと、既存のゲームに女性や有色人種のアバターを足しただけだと勘違いされる。私がやりたいのはそうじゃない。新しいタイプのゲーム体験を提供しているつもりです」と語ったあと、現在携わっているゲームについて説明してくれた。

「HBOのTVドラマ『インセキュア』とタイアップしたスマホゲームで、(黒人女性の生活を描いた)ドラマと同様に、ラップをゲームのシステムに取り入れています。本物のラッパーにも開発に参加してもらうことで、ラップという黒人の自己表現をプレイヤーが体験できる、ユニークなゲームになったと思います」

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最後に水口が、「大学でゲームデザインを教えているミツは、コロナ禍の今、どのように生徒をエンパワーメントしているのか?」と質問。ミツは「学生は大変だろうと思います」と答えたあと、「一番失われたと思うのはコミュニティの感覚。『一緒に作っている』という感覚をリモートで得るのは難しい。でも今は、世界中のゲームスタジオが同じような環境で制作している。離れた場所にいてもコラボできること、リモートでもゲームを作れることは一つのスキルで、この環境が成長につながるとポジティブに伝えています」と続け、困難はクリエイティブを成長させる原動力でもあることを印象付けた。

質問タイムでは、ゲームデザイナーの下田賢佑が「本来なら多様性をエンパワーメントすべきものであるはずのゲームプラットフォームやSNSが、ユーザーの傾向をデータで可視化することでマニアックな先鋭化に向かい、さらに価値観の均質化も促している現状に危機感がある。このような状況下で、どうやって多様性を獲得すればいいのか?」と質問。それに対してミツは、「自分を投影できるような特別な体験を通じて、プレイヤーとゲームの結びつきを強めることが重要。『スマホゲームは使い捨てされるもの』という言説に私たちは抗いたい」、水口は「データドリブンによる均質化は避けられない流れだが、まだ世の中にないもの、時代を変えるようなパワーは、データの積み上げではなく衝動的な物づくりからしか生まれない」とそれぞれ答えた。

trialog vol.9で、ゲームクリエイターの小島秀夫が「いい仕事とは人の記憶に残ること」「いい体験は長く刻まれる」と話していたのを思い出す。「ゲームは体験のメディア」であるなら、ミツによる多様性への挑戦はきっと、当事者意識を持てなかったプレイヤーを励まし、インスタントでは味わえない経験を刻み込み、これまで先頭に立てなかった立場のクリエイター志願者をエンパワーしていくのだろう。

WHAT’S “trialog”?

trialogとは、実験的な対話のプラットフォームです。

世の中を分断する「二項対立」から、未来をつくる「三者対話」へ。
trialogは異なる立場の三者が意見を交わす空間をつくり、
「ほんとうに欲しい未来はなにか?」を考えます。

代表を務めるのはblkswn コンテンツ・ディレクターの若林恵。
さらに、ゲームデザイナー/クリエイターの水口哲也が
共同企画者として参加します。ソニーのサポートのもと、
ジャンルや国境を超えた多彩なゲストを迎え入れたイベントを開催し、
対話のためのコミュニティ形成を目指してゆきます。